京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

バカ・ピグミーの乳幼児の愛着行動

1歳児が母親の近くにいる様子

対象とする問題の概要

 狩猟採集民研究は、人類進化の再構成を試みるための手がかりを提供しうる。しかし、狩猟採集民の文化は多様であり、それゆえ人間の社会のアーキタイプを議論する上で様々な論争がなされてきた。そのような例の一つとして愛着理論にかかわる論争がある。愛着理論は、乳幼児期における母性的な養育は精神の健康にとって不可欠なものであるという主張をもとにしており、Bowlby(1969)によって提唱された。その理論化に際して、アフリカ狩猟採集民のブッシュマンの母子の親密性に関する研究が重要な役割を果たした。一方、この理論では、乳児期には特定の養育者(多くの場合母親)との間で愛着が形成されることが強調されたが、アフリカ狩猟採集民のピグミーの子育てにおいては、乳児の養育に多くの人が関わるマルチプルケアが見られることから、愛着を形成する対象者は複数いてもよいのではないかという主張がなされ、愛着理論は修正を迫られることになった。

研究目的

 狩猟採集民の社会関係は民族によって様々に異なることがわかっているものの、養育者と子どもがどのように関わり合っているのかについて、日常生活の中でなされている相互行為のレベルでの検討は、ほとんどなされていない。そこで、本研究は、愛着理論にかかわる議論の深化に貢献する基礎資料を得るために、幼児の愛着行動とその対象者の応答について、量的、質的、双方の分析を行う。
 調査地はカメルーン東南部で、バカの2つの家族に着目して参与観察を行った。愛着行動の観察は、まず、タイムサンプリングを行うため、5人の乳幼児を対象に、村と森の日常生活のビデオ撮影をそれぞれ約10時間ずつ行った。次に、幼児が、歌と踊りの最中に、両親、兄弟姉妹、叔父叔母など、コミュニティメンバーの誰に、自ら接近しようとするのかを観察し、記録した。同時に、集まった人々が幼児のことをどのように気にかけ、ケアをしているのかも観察した。

作業をする祖父母のそばで乳児をケアする7歳児

フィールドワークから得られた知見について

 コンゴのピグミーにおいてマルチプルケアが指摘されてきたのと同様、本研究でも、幼児に対して、母親だけでなく父親、兄弟姉妹、叔父叔母、祖父母らが関わっている様子が見られた。
 ケアの内容については、皆が同じケアをしているわけではなく、父親と母親、また、長女と他の兄弟姉妹とでは関わり方に質的な差異があった。母親は、長距離の移動、排泄の世話、泣いたときに泣きやませるなど、身の回りの世話をするために幼児を抱き、父親は遊ぶためや遊びに参加させるため、誰かに渡されて幼児を抱く傾向が見られた。しかし、養育者によって、質的なケアの違いがありつつも、そこには柔軟性がある。女性の仕事が多い時や、疲れているときは男性が女性の仕事を手伝ったり、代わりに行ったり、男女逆も見られた。例えば、料理や、かいだし漁は女性の仕事だが、女性が森から疲れて帰ってきたときは、男性が手伝ったり、代わりに行ったりする様子が多くみられた。大人の仕事の流れが止まることないよう、男女、大人子どもの枠を超えて、柔軟に動いていた。
 幼児は、コミュニティのメンバーに愛着をもっていた。しかし、ケアする人の役割と責任の程度によって、幼児からの愛着の程度は異なっていた。年齢の低い幼児ほど母親や長女に強い嗜好性を持っており、年齢が上がるにつれて母親や長女への嗜好性が弱くなっていくように感じた。

反省と今後の展開

 先行研究では、接触時間を元にピグミーのマルチプルケアについて議論されてきたが、ケアや接触の内容について考慮した行為レベルの蓄積が必要である。今後、村と森で撮影した日常生活のビデオから、養育者のケアと乳幼児の愛着行動のタイムサンプリングを行い、観察に基づいた知見を量的なデータとして得て分析し考察する。その際、村と森の日常生活での行為の比較、乳幼児の年齢の違いによる行為の比較を行い、養育者と乳幼児との相互行為の分析・考察する。

参考文献

【1】Bowlby, John. 1969. Attachment and loss,vol.1:Attachment. London:Hogarth.

  • レポート:田中 文菜(平成29年入学)
  • 派遣先国:カメルーン
  • 渡航期間:2019年11月24日から2020年3月29日
  • キーワード:バカ・ピグミー、乳幼児、愛着行動、歌と踊り

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