京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

社会のイスラーム化と政治の脱イスラーム化 /新設モスクにおけるイスラーム団体の覇権

ジョグジャカルタの王宮クラトンの入り口(筆者撮影)

対象とする問題の概要

 私が対象とするインドネシアはムスリムが人口の88%を占める。1970年代以降、敬虔なムスリムが増加していると言われている。一方で、1998年の民主化以後の選挙結果を見ると、イスラーム系の得票率は増加傾向にない。むしろ、世俗系政党の得票率が増した。「なぜ社会のイスラーム化が進む一方で、イスラーム系政党合計の得票率は増加しないのか」という疑問を持った。
 先行研究では主に、①政党の内部対立による組織力の低下、②世俗政党とイスラーム系政党の接近による争点の非宗教化、③伝統的宗教権威の影響力の低下、が理由としてあげられている。加えて、イスラーム系政党への投票をやめた支持者は、白票を投じていることが示された。
 イスラームと政治の関係を明らかにするにあたり、敬虔なムスリムであり、これまでイスラーム系政党を支持してきたが、最近は棄権し始めている有権者の増加も重要であるがこの点に着目した研究は皆無である。本研究ではこうした棄権した有権者に着目して、社会のイスラーム化と政治の脱イスラーム化というパラドックスを解明したい。

研究目的

 上記の現象を村落基金・村落交付金によって新設されるモスクにおけるイスラーム団体の覇権争いを通じて調査する。1998年以降、民主化の中で地方分権化も始まり、2014年の新村落法により、村落基金、村落交付金が全ての村に支給されることとなった。合計金額は一村あたり平均1000万円を超えており非常に高額である。この結果、農村部でモスクが新設されているという情報を得た。
 インドネシアでは、イスラーム団体を母体としてイスラーム系政党が形成される。つまりイスラーム団体はムスリム社会とインドネシア政治を繋ぐ接点の一つであり、新設されるモスクにおいてどのイスラーム団体が覇権を握りどの様な説教を行うのかは、ムスリムの政治的志向に影響を与えていると考えられる。また、モスクにおいて政治的な説教は禁止されているが、実際には行われているという情報を事前に得ていた。

筆者の下宿先のそばにあるモスクの入り口(筆者撮影)

フィールドワークから得られた知見について

 私が調査地として選んだジョグジャカルタは、インドネシア、ジャワ島中部の特別自治州である。古くから王国が栄えた土地で、現在でもジョグジャカルタ王国の末裔のスルタン、ハメンクブウォノⅩ世が州知事としてジョグジャカルタ特別州を治めている。ジャワ文化の中心地であり、公的な場ではインドネシア語が用いられるものの、日常的に農村部、都市部ともにジャワ語が使用されていた。
 イスラーム教徒が多数派地域であり、世界的なイスラーム復興の影響を受け、改革派イスラーム組織ムハマディアが1912年に設立された。今回の調査のカウンターパートとなってくださったのは、国立イスラーム大学スナンカリジャカ校のアブドゥル・ロザキ先生である。インドネシアでの生活にまだ不慣れな私を暖かく迎え入れてくださった。厚く御礼申し上げ、感謝する次第である。
 今回の渡航の成果は、イスラーム化の知見の拡張とインドネシア語の能力の向上である。計画していた調査は、未学習のジャワ語が主要言語であったために期待していたデータが得られなかった。しかしその一方で、イスラーム化に重要な役割を担ったイスラーム団体関係者及びイスラーム知識人との接触により、イスラーム化に対する理解が深まった。また基本的にインドネシア語での調査を試みたためインドネシア語の能力が向上した。

反省と今後の展開

 反省点は語学力の不足である。調査地において、ジャワ語がこれほどまでに支配的な言語であると予想しておらず、ジャワ語を未学習であったために今回の調査は難航してしまった。インドネシア語はもちろんのこと、この調査を続けるためには、ジャワ語の学習をする必要がある。

参考文献

【1】川村晃一編.2015.『新興民主主義大国インドネシア-ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の誕生-』アジア経済研究所
【2】佐藤百合編.2002.『民主化時代のインドネシア 政治経済変動と制度改革』アジア経済研究所
【3】本名純・川村晃一編.2010.『2009年 インドネシアの選挙 ユドヨノの再選と第二期政権の展望』アジア経済研究所
【4】見市健.2014.『新興大国インドネシアの宗教市場と政治』NTT出版
【5】見市健.2004.『インドネシア イスラーム主義のゆくえ』平凡社

  • レポート:加藤 舞(平成30年入学)
  • 派遣先国:インドネシア
  • 渡航期間:2018年8月5日から2018年11月4日
  • キーワード:インドネシア、イスラーム化、イスラーム団体、モスク

関連するフィールドワーク・レポート

コンゴ民主共和国の焼畑農耕民ボンガンドにおける環境認識/景観語彙の分類から

対象とする問題の概要   本研究の調査地であるワンバ周辺地域は、コンゴ民主共和国中部の熱帯雨林地帯に位置する。大型類人猿ボノボの生息地である当地域では、1970年代より日本の学術調査隊がボノボの野外調査を始め、現在までおよそ40年…

クルアーン学校を「近代化」するとはどういうことか/カメルーン・ヤウンデの事例

対象とする問題の概要  カメルーンを含む西アフリカのムスリムたちは、こどもたちにクルアーンの読み方や初歩的なイスラームの知識を教える、クルアーン学校(coranic schools)と呼ばれる組織をもっている。クルアーン学校は、ムスリムたち…

オーストラリアにおけるブータン人コミュニティの形成と拡大――歴史的背景に着目して――

対象とする問題の概要  オーストラリアでは1970年代に白豪主義が撤廃されると、東アジア系、東南アジア系、南アジア系など移民の「アジア化」が進展してきた。またオーストラリアは移民政策として留学生の受け入れを積極的に行ってきた。特に1980年…

南北分断期のベトナム共和国の仏教諸団体に関する研究

対象とする問題の概要  本研究では、植民地支配・独立・戦争・分断・統一という20世紀の社会変動とそれに伴うナショナリズムの高揚のなかで、各仏教諸団体がそれぞれの宗派(大乗・上座部)・エスニシティ(ベト人・クメール人)・地域(北部・中部・南部…