ザンビア北東部のマンブウェの人々における作物生産と生業の変化
対象とする問題の概要 現在アフリカでは増加している都市人口に食料を供給し、食料を安定的に獲得・生産することが求められている。ザンビアでは政府が1970年代なかばに銅輸出に依存した経済からの脱却のため農業開発を重要視し、化学肥料を用いたF1…
エチオピア・アムハラ州の農村では2000年代以降、ヘルスセンターの設置や村への保健普及員の配置によって医療の選択肢が広がってきた。本研究の調査地であるアムハラ州エナミルト村には、徒歩圏内に看護師が常駐する政府のヘルスセンターがあり、国際機関の医療教育プログラムも積極的に受け入れ、人びとは日常的に近代医療に接している。そうした環境で、人びとは伝統と近代の枠にとらわれず必要に応じて医療の方法を選択している。筆者はこれまで、地域固有の民俗的病いに焦点を当て、それに対する人びとの認識と行動が、伝統と近代の二項対立ではとらえきれないことを明らかにしてきた。調査を継続するなかで、心身の健康を保つことが地域の人びとにとってもっとも身近でかつ重要な実践であることがわかってきた。地域の医療実践を包括的に明らかにするためには、病気だけではなく健康に着目し、人びとの認識と行動の面から調査する必要がある。
病気治療に重点を置いたこれまでの研究を発展させて、予防、健康維持・促進にまで視点を広げて調査を実施し、地域の人びとの医療実践を包括的に明らかにすることを目的とする。そのため2017年9月から11月および2017年12月から2018年2月にかけて現地に滞在し、以下の調査を実施した。1.住民を対象に、病気の治療・予防、健康維持・促進について、用いるものの方名、効能、利用方法の聞き取り、病歴や健康管理方法の聞き取りをおこなった。あわせて、健康にかかわる日々の活動を観察した。2.食事に着目し、食と、健康・病気とが結びつく言語表現を収集するとともに日々の食事内容や食事の様子を観察した。
地域で入手できる香辛料や食事で口にするものは、しばしば病気治しや予防、健康維持のために用いられており、医療と切り離すことができないことに気がついた。明らかになったのは以下の点である。
香辛料の用途について:地域住民3名に対して、筆者が町の市場で入手した香辛料16種類と村に自生する香辛料2種類について、名前を挙げて用途の聞き取りをおこなった。その結果、対象にしたすべての香辛料が調味料として用いられることが確認された。他方で、薬として用いるとの回答が複数得られ、その認識についてはインフォーマント間で一致するものとそうでないものとのばらつきがあった。ある香辛料を同じ過程で加工する場合であっても、食べ物に加えられるのか、薬として摂取するのかによって、意味づけや説明が異なることが明らかになった。
食事と健康:ある家庭の50日間の食事内容を観察・記録し、材料と調理方法、摂取頻度を明らかにした。そこでは、主食(インジェラ)、副食(ワット)、習慣的に飲まれるコーヒーのつまみ(ブンナ・コルス)に香辛料が頻繁に用いられていることがわかった。なかでも、調査地において代表的な調味料「チョウ」は、多種類の香辛料を調合して作られていた。チョウは、毎度の食事に欠かせないワットに高頻度で用いられていたことから、調査地の食のなかで中心的な役割を果たしていることがうかがえる。
また、食べ物のなかには健康と結びつけて認識されているものがあることが確認できた。聞き取りによって得られた回答のなかには、食べると身体に有益な効果がある、と説明されるものがあった。さらに祭事や農耕儀礼の場面で頻繁に提供される食べ物には、共に食べるという行為に、心身の健康につながる特有の意味が含まれる場合のあることが観察によって明らかになってきた。
今回のフィールドワークでは、身近な植物が地域の医療実践と密接なつながりをもっていることが確認できた。とくに、香辛料や日々の食事には人びとの心身の健康にとって重要な意味をもつものが多数含まれていることがわかった。今後は、利用・摂取方法に加えて、医療に結びつく言語表現により注視して聞き取りをおこなう予定である。あわせて認識・行動調査と、植物・食材の標本作成や学名同定作業を対応させておこなうことで実態をより詳細に明らかにし、地域社会の医療実践を包括的に解き明かしていく。
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