京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

権力分有体制の内戦的起源/第二共和制レバノンにおける連合政治

元軍事組織成員の自宅に飾られた内戦中の写真@バアクリーン

対象とする問題の概要

 本研究は内戦後の第二共和制レバノンの政治体制を内戦との継続性と変化という観点から明らかにすることを目的とする。対象国であるレバノンは宗教・宗派を基礎とした政治体制を有し、国家が公認する18の宗教・宗派集団のあいだで政治権力が配分されていることから「権力分有体制」と呼ばれている。これまでの研究では、レバノンの「権力分有体制」の内戦(1975~1990)を分水嶺とした「変化」、たとえばイスラームとキリスト教の間の議席率の変化や大統領権限の縮小と首相・内閣の権限の強化などが強調されてきた。それに対して、本研究が目指すのは「変化」と「継続性」の双方への着目によって新たな視点を発見することである。すなわち内戦前後で大きな枠組みの変化がなかった「権力分有体制」ではあるが、 それを担う新たな主体が内戦中に登場し、 それが内戦後の議会政治のなかで活躍することとなった。

研究目的

 本研究の目的は、 ①レバノン内戦中に戦闘に関与した軍事組織の組織としての凝集性の程度を明らかにすること、 ②内戦中の軍事組織の活動や凝集性の程度が、 内戦後に政党になった際に選挙・議会などの政治活動に対していかなる関係しているかを明らかにすることである。①を明らかにするために、 内戦中に軍事組織が行った種々の公共サービスに着目して調査を進めた。ここでいう公共サービスは、 シーア派主体のヒズブッラーやドゥルーズ派主体の進歩社会主義党などが自らの組織に属する市民に対してのみ行った生活物資の供給や敵対するグループからの防衛という安全などを意味する。次に②を明らかにするために、 時期を内戦直後から行われたシリアの実質的な支配が終結した2005年以降に絞り、 各軍事組織の内戦中の支配地域と選挙戦での獲得票数がどの程度関連性があるのかを調査した。

9年ぶりに行われた2018年国民議会選挙のポスター@ベイルート

フィールドワークから得られた知見について

 約1か月間のフィールドワークでは、 元軍事組織の成員や政治家への質的なインタビューを行った。また、 内戦に関わる資料の収集とりわけ軍事組織が発刊する機関誌や、 アラビア語で書かれた二次文献などを集めた。以下では一人の元軍事組織成員と行ったインタビューの事例を紹介することで、 内戦中の軍事組織の活動が内戦後にどのように引き継がれるのかという一端を示す。
 元軍事組織の成員のインタビューでは、 イスラームのドゥルーズ派の進歩社会主義党に属していた成員から情報を得ることができた。レバノン山岳地帯バアクリーンのドゥルーズ派の修行場近くに住居を構えるA氏は、 内戦中のドゥルーズ派の革命的なリーダーであるカマール・ジュンブラートの下で軍事作戦における重役を務めており、 自身の家にもその当時の様子が分かる写真や実際に使用した銃などが飾ってあった。彼は内戦中に支持していた進歩社会主義党を内戦後も継続的に支持しており、 2018年現在ドゥルーズ派内の反主流派として立場を異にするレバノン民主党(2001年~)に対して批判的な意見を持っていた。その背景には、 進歩社会主義党が内戦中にレバノンに介入してきたシリアに敵対的な態度をとっていたことがある。現在の政治において後に挙げたレバノン民主党は現在のシリア政府を支持しており、 進歩社会主義党は一貫して反シリアの姿勢を保ち続けている。ゆえに、 内戦中に反シリア政府の立場であった進歩社会主義党は、 レバノン民主党のような宗派内の亀裂をもちながらも、 内戦中に支配した地域においてドゥルーズ派の第一党として2018年の選挙でも宗派内で最多得票を獲得している。このように、 内戦中の軍事組織による領域支配や安全の供与は、 内戦後の政治においても市民の支持態度として引き継がれ、 選挙などの場面において表出されることとなる。

反省と今後の展開

 今回の調査では、 文献収集とインタビュー調査を中心として行った。アラビア語の文献収集が充実していた反面、 元軍事組織の成員とのコンタクトが難しく、 インタビュー調査のさらなる充実が求められる結果となった。今後は今回の調査で得られた質的なデータと軍事組織の出す刊行物や選挙結果などから得られる量的なデータの双方を参照して、 「混合研究(mixed method)」の方法による分析を行いたいと考えている。

  • レポート:岡部 友樹(平成28年入学)
  • 派遣先国:レバノン共和国
  • 渡航期間:2018年8月10日から2018年9月9日
  • キーワード:権力分有体制、内戦からの継続と変化、軍事組織から政党への変化

関連するフィールドワーク・レポート

エチオピア・アムハラ州における健康観と医療実践に関する医療人類学的研究

対象とする問題の概要  エチオピア・アムハラ州の農村では2000年代以降、ヘルスセンターの設置や村への保健普及員の配置によって医療の選択肢が広がってきた。本研究の調査地であるアムハラ州エナミルト村には、徒歩圏内に看護師が常駐する政府のヘルス…

2023年度 成果出版

2023年度における成果として『臨地 2023』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2023』院⽣臨地調査報告書(本文,13.4MB)ISBN:978-4-905518-41-9 発⾏者京都…

人間活動に関わる外来生物種の移入状況―マダガスカル共和国・アンカラファンツィカ国立公園の事例―

対象とする問題の概要  人間活動のグローバル化に伴う生物種の世界的な移動はもはや日常化している今日、外来生物の移入や生態、利用状況を科学的に捉え、真に必要で有効な環境保全あるいは保護のありかたを再考することが必要とされている。 家畜化・栽培…

ミャンマー・バゴー山地のダム移転カレン村落における 焼畑システムの変遷と生業戦略

対象とする問題の概要  ミャンマー・バゴー山地ではカレンの人々が焼畑を営んできたが、大規模ダム建設、民間企業への造林コンセッション割り当てや個人地主による土地買収などによりその土地利用は大きく変化しつつある。本研究の調査対象地であるT村も、…