京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

セネガル・ムリッド教団の宗教組織ダイラの多様性に関する研究

水曜日の夜にハサイドを詠唱するMダイラ

対象とする問題の概要

 セネガルのイスラーム教徒のおよそ3割が属するムリッド教団は、元々農村部に基盤を置く教団であった。1940年代以降、ムリッド教団の信徒の中に都市部に移住するものがみられるようになったが、当時首都のダカールはティジャニーヤ教団の信徒が多数を占めていた。そのような状況に対し、ムリッド教団の信徒は、ダイラという宗教組織を結成し、定期的に集まって信徒同士で結束することによって都市部に生活の基盤を築き上げていった。ダイラは、同じ地域、同じ宗教指導者、同じ職業等の単位で結成される。活動内容はダイラ毎に異なるが、一般的にハサイド の詠唱、頼母子講、献金、宗教儀礼の準備等が行われる。1970年代以降は、このような伝統的なダイラに加え、教団のシンクタンク的役割を持つダイラや海外在住の信徒からの送金を統括するダイラなどの、新しいタイプのダイラも見られるようになった。

研究目的

 ムリッド教団の信徒がダカールにおいてマイノリティであった1940年代頃と、ダカールにおいてもムリッド教団の基盤が確立されている現在では、ダイラの社会的機能は変化してきていると考えられる。ダイラのタイプの多様化もその変化の1つであると捉えることができるが、現在のダイラにおいてはどのような活動が行われ、ダイラの間にどのような共通点・相違点があるのだろうか。本研究では、メンバーシップと活動の実態を明らかにした上で、ダイラの多様化が可能になった要因について考察することを目的とする。
 今回のフィールドワークでは、主に以下の2つのダイラを対象として調査を行った。1つ目は、同じ地区の住民によって構成されるMダイラである。M ダイラは、伝統的なダイラとして位置づけられる。2つ目は、保健省職員によって構成されるCダイラである。Cダイラは、新しいタイプのダイラとして位置づけられる。

ラマダーン月にパンやコーヒーを配布するMダイラ

フィールドワークから得られた知見について

 Mダイラは、ダカール市グラン・ダカール郡に拠点を置いて活動している。Mダイラは、同じ地区に住む人々からなるが、職業は商人、職人、学生など多様である。活動として、毎週水曜日の夜に、ハサイドの詠唱が行われる。また、ラマダーン月には、地区の人々を対象としたパンやコーヒーの配布などが行われる。Mダイラは、ハサイドの詠唱や相互扶助など、基本的にメンバー内部での団結を強める活動を主としている。一方、地域社会の団結力を高めるために他のダイラと協力する事例や、非メンバーをハサイドの詠唱に受け入れる事例も見られた。
 保健省職員によって構成されるCダイラは、ムリッド教団の教義に従い、地方部のクルアーン学校で学ぶムリッドの子ども達を対象とした健康診断と、宗派を問わず一般の人を対象とした献血サービスを行っている。これらの活動資金は、全て自分たちの寄付によって賄われている。Cダイラでは、メンバー内部での団結を強める活動は盛んではなく、むしろ社会的弱者に対する慈善活動に重点が置かれている。活動の際、Cダイラは必要な機材を有していないため、保健省から機材を借りる。反対に、Cダイラが集めた血液は、血液のストックが不足する国立輸血センターに提供される。このように、保健省と協力しながらお互いが単体ではできない活動をしている。
 MダイラとCダイラの事例にみられるように、規約や活動の決定は、ムリッド教団によって一元的に管理されているわけではなく、それぞれのダイラに委ねられている。また、程度の差はあれ、両方のダイラが外部の人間・組織と関わりながら活動を行っていた。この柔軟性が、都市部におけるムリッド信徒の社会階層の多様化に合わせて、それぞれのダイラが地域社会と協力して活動の幅を広げることを可能にしたと考えられる。

反省と今後の展開

 今回のフィールドワークでは、主に同一地域の人々からなるダイラと、同業者からなるダイラに焦点を当てて調査を行った。しかし、ダイラの多様性を理解するためには、同じ指導者を信奉する人々からなるダイラや、ダイラ同士の具体的な関係性についても調査を進める必要がある。
 今後は、MダイラとCダイラそれぞれについて、他のダイラとどのように関わっているのかについてより詳細に調査してゆきたい。また、ダイラの全体像を理解するために、これらの2つのダイラだけでなく、他のダイラも視野に入れた調査を行ってゆきたい。

  • レポート:殿内海人(平成28年(編)入学)
  • 派遣先国:セネガル共和国
  • キーワード:セネガル、宗教組織、ムスリム、社会階層

関連するフィールドワーク・レポート

ソロモン諸島国サンタクルーズ諸島における人と生態系の関係

対象とする問題の概要  ソロモン諸島国サンタクルーズ諸島は同国テモツ州に属し、最東部に位置する島嶼群を指す。本研究はサンタクルーズ諸島のうち、域外ポリネシア[1](Polynesian outliers)の二つの島を調査地として選定した。第…

人々と樹木の関係性――タイにおける伝統的木造建築文化――

対象とする問題の概要  近代以前のタイは、人口に比して豊富な森林資源に恵まれていた地域であり、豊かな木造建築の文化が育まれてきた。寺院建築や華僑の建築には煉瓦も多用されるが、タイ族の伝統的な住まいは木造の高床住居である。またタイは精霊信仰の…

ケニアのMara Conservancyにおける 住民参加型保全の取り組みについて

研究全体の概要  近年、アフリカにおける野生生物保全の現場では、自然環境だけでなくその周辺に住む人々を巻き込み、両者の共存を目指す「住民参加型保全」というボトムアップ型の保全活動が注目されている。本研究のフィールドであるMara Conse…

身体感覚の習得に関する人類学的研究 ――ヨット競技における人・モノ・環境の関係から――

研究全体の概要  本研究の目的は、風・波を感じ、2人で共に操船し順位を争うヨット競技について、京都大学体育会ヨット部(KUYC)を対象に、操船に必要な感覚が習得される過程を明らかにすることである。学習に関する人類学的研究は、従来の言語中心的…

日本の窯をつかった炭焼きの実態とその製炭技術 ――能勢菊炭を事例に――

研究全体の概要  タンザニアで調理用燃料として使用されている木炭は、国内の広い地域で共通したやり方で生産されている。当地の炭焼きは日本のように石や粘土でつくられた窯を使うのではなく、地面にならべた木材を草と土で覆って焼く「伏せ焼き」という方…

2022年度 成果出版

2022年度における成果として『臨地 2022』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2022』院⽣臨地調査報告書(本文,12.5MB)ISBN:978-4-905518-39-6 発⾏者京都…