京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

エチオピアの革靴製造業における技能の形成と分業/企業規模の変化に着目して

大企業の工場内

対象とする問題の概要

 エチオピアは近年急速に経済成長を遂げている。過去10年、同国の1人当たりのGDP成長率は平均7.4%とサブサハラアフリカの平均1.4%に比べて、高い成長率を誇る。エチオピアの主要産業はコーヒーや紅茶、切り花等の農業であり、第一次産業の農産品が輸出の多数を占める。その一方で、エチオピアの製造業も顕著に伸びている。本研究では、アフリカ諸国の中で成長を遂げるエチオピアの製造業の現状を捉える。
 同国の製造業の中で、皮革産業は急速に拡大する輸出品目の1つである。皮革産業は、90年以上に亘る長い産業としての歴史を持ち、産業の原材料である皮はエチオピアの豊富な家畜資源から生まれる。特に革靴産業は、1991年以前には中規模以上の革靴製造企業は2社のみであったが、2015年には21社に増加している。小規模企業の数も1000社以上に及ぶと言われており、革靴産業が大きな産業に成長していることがうかがえるため、同産業に焦点を当てる。

研究目的

 エチオピアの革靴産業に関する先行研究は、主に企業間関係や産業全体の状況に関する研究が多く、エチオピア革靴産業における企業所有者、管理職や現場で働く人びとの技能の習得や組織構造についてはあまり着目されていない。さらには、企業規模の違いに応じた企業の経営や技能の形成方法の相違・変化に注目した研究はあまりない。以上のことから、本調査では、企業規模に応じた企業経営・技能形成の相違・変化に着目し、前者が後者にどのように影響を与えるかを明らかにすることを目的とする。具体的には、首都アジスアベバの革靴を製造する大企業2社と中企業1社に対し、それぞれ1~2週間の工場内の参与観察を行い、参与観察中の経営者・従業員に対して聞き取り調査を実施した。また、革靴製造を含む皮革産業を支援する政府機関を訪ね、補足資料の収集を行った。

完成した革靴

フィールドワークから得られた知見について

 本報告では、調査を行った大企業の1つを取り上げる。企業概要は下記の通りである。同企業は1935年にイタリア人によって創立、1942年アルメニア人に買収されるが、1975年社会主義化政策の下で国有化された。2011年企業を複数持つ人物が本企業を所有し、民営化した。この企業では、企業を所有している人物ではなく、雇用された人びとが経営を担う。従業員数は調査時点で企業全体では1150名であった。アジスアベバ市内に工場がふたつ存在し、ひとつの工場に約560名、もうひとつの工場に約310名の従業員が存在し、その他の従業員は販売店舗で働いていた。本調査では従業員の規模数が最も多い約560名が働く工場で調査を行った。製造した靴の販売方法は34店舗の直営店で販売、外国に輸出もしている。
 本企業では靴の製造を行う従業員を靴づくりの特定の工程に従事させるにあたり、工業省の傘下にある皮革産業開発機構(LIDI)の職業訓練学校に1~数カ月派遣し、トレーニングを通じて、技能を身につけさせていた。LIDIから技術者を招へいして、工場内でトレーニングを行う場合もある。また、工程によっては仕事中に従業員に仕事を教える、従業員が個々で仕事を覚えるということもある。工程・作業内容によって、従業員の技能の形成の方法が相違していた。同企業は従業員の技能の高さの格付けを行っており、格付けに応じて給料に差が見られた。また、工業省から派遣された外国人の技術者が特定の工程を教育している。
従業員がこなせる職務とは別に、担当している職務の範囲は、細かく分業化されていた。たとえば縫製の工程の従業員のひとりは、大量生産される靴のパーツの同一の部位を、数日縫い続けるという単純な労働に従事していた。
 この大企業では、従業員を教育し、専業させることで大量生産に対応させ、なおかつひとつの工程に特化させて技能を身につけさせていた。

反省と今後の展開

 今回の調査では、簡単なアムハラ語を用いて従業員や企業の経営者に対し、聞き取り調査を行ったが、より詳細な従業員のライフヒストリーを調査することは、調査者の言語能力的に困難であった。また、従業員の仕事に関する認識やモチベーションに関しても同様のことがいえる。
 規模の大きな企業では、訓練への派遣などで一定のコストを技能向上にかけると同時に、大量生産が行われ、それに伴って工程が細分化されて各従業員の専業化が起き、作業が単調化することが本調査で明らかになった。技能向上と単調化は従業員の仕事に関するモチベーションに異なる影響を与える可能性がある。そこで、従業員が自己の職務の内容ややりがいをどう捉えているかを把握することが、重要になるのではないかと考えた。今後は、アムハラ語の能力を向上させるとともに、専業化と技能形成及び作業への意識との関係を明らかにしていきたい。

  • レポート:松原加奈(平成28年入学)
  • 派遣先国:エチオピア連邦民主共和国
  • キーワード:エチオピア、革靴、分業、技能形成

関連するフィールドワーク・レポート

クルアーン学校におけるアラビア文字教育/文字としてのクルアーンを音声と結びつける装置としてのスペリング練習の重要性について

対象とする問題の概要  本研究の対象は、クルアーン学校と呼ばれる組織である。クルアーン学校とは、ムスリムの子弟がクルアーンの読み方を学ぶために通う私塾のことである。西アフリカ各地には、このクルアーン学校が多数存在する。これまでクルアーン学校…

アジアにおける有機農業普及 ――宮崎県綾町における行政と農家連携の事例――

研究全体の概要  ブータンは、100%有機農業国化を目指す唯一の国家である。本研究の主題は、タシガン県において行政・大学・農民組織連携による有機農業普及の実態を実践的に明らかにすることである。本邦においても、自治体をあげて有機農業振興に取り…

ボツワナの農牧民カタの父親の養育行動に関する調査

対象とする問題の概要  ボツワナの農牧民カタの社会では、女性は生涯1—5人ほど異なる父親の子どもを産むが、女性がなぜパートナーを変え続けているのかは明らかではない。人間の女性は妊娠期間が長く・脆弱な子どもを産むため他の哺乳類に比べて子どもの…

観光が促進する地域文化資源の再構築と変容 /バンカ・ブリトゥン州の事例から

対象とする問題の概要  本研究の目的は、インドネシア錫鉱山地域における観光開発に着目し、観光開発を通して、地域文化がどのように再構築・変容され、地域の人々に理解されるようになってきたかを明らかにすることである。本研究の対象地であるバンカ・ブ…