京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

東南アジア大陸部におけるモチ性穀類・食品の嗜好性について

農作業の合間、モチトウモロコシを蒸しているところ

研究全体の概要

 東北タイ(イサーン)およびラオスでは、日常的に主食としてモチ米が食されている。一方、タイ平野部を含めた東南アジア大陸部の多くの地域では主にウルチ米が主食として食されており、主食としてのモチ米利用は、イサーンやラオスの食文化に特徴的である。また、当地域においては米以外のモチ性穀物の利用も盛んである。タイ及びラオスにおける主食の変遷について、モチ米・ウルチ米利用の歴史を地域ごとに考察した研究は存在する。しかし、「なぜ一部地域でモチ米が主食として利用され続けているのか」に着目した研究は少ない。本研究においては、モチ性穀物の選択的利用が「スティッキーな食感」に対する地域的な嗜好に起因している、との仮説を立てた。そのうえで、日本国内に居住するイサーン及びラオス出身者の食生活に着目し、食感の他、「食べ合わせ」や「味付け」などの特徴から、彼らのモチ性穀物・食品の利用動向を捉えることを目的としている。

研究の背景と目的

 イサーンやラオスと同じく、モチ性穀物やスティッキーな食品を食する文化を持つ日本において当地域出身者の食生活を把握することは、彼らの現地での食生活の特徴である自然物利用や魚の加工品利用、香草やスパイスの利用がモチ性穀類・食品の選択にどのように影響しているのかを考察するに当たり、非常に有意義であると考える。留学生に対する事前調査から、彼らの食生活において現地料理の出現頻度が非常に高いことを受け、今回の調査においては留学生以外の移住者の食生活に関する聞き取りと同時に、食料品の取引の実態を把握することを目的とした。また、一連の調査により日本の地域社会において外国人移住者が果たし得る役割を検証することで、彼らが暮らしやすい生活環境の整備や彼らをまき込んだ地域活性化の在り方を模索することも目的とした。

濃厚さを重視して入荷されたココナッツミルク

調査から得られた知見

 今回の調査においては、タイ野菜栽培農園を中心に、タイ・ラオス料理飲食店、タイ食材販売店に対しても聞き取りを行なった。農園では、タイ人・ラオス人の日常の食生活におけるタイ野菜の重要性や需要について調査を行なった。タイ人・ラオス人夫妻により経営されている農園は、関東各地の在日タイ人・ラオス人のコミュニティの中心かつ雇用創出の場となっていた。農園は「新鮮さ」と「自炊に必要な野菜」が揃っている点で非常に重宝されており、特にキダチトウガラシ、コリアンダー、ホーリーバジル、スペアミントの需要が高かった。コリアンダーは葉や茎に加え根をスープストックとして利用するため、農園において根を含めた全体を大量に入手できることが重用であった。イサーン出身者への聞き取りから、ラープ(挽肉のハーブサラダ)やナムプリック(生野菜のディップ)等にはモチ米を合わせる人が多く、それらの調理には農園で採れる香りの強いスペアミントや、コリアンダーが必要不可欠であった。しかし、モチ米は食後「眠くなること」、日本のウルチ米は「臭みがなく美味しいこと」から、日常的には国産ウルチ米を好んで食している場合がほとんどであった。農園が地域コミュニティに果たす役割としては、「地域の農地使用率向上への貢献」が大きい。農園は、後継者不足による空き農地問題の解決者として近隣住民からも求められる存在であり、地域コミュニティとの良好な関係構築に大きく寄与していた。飲食店での調査では、主に提供上の工夫に関する知見を得られた。日本人向けにセットメニューを用意し、「辛さ」「香り」を控えめに調節して提供する工夫や、地元のタイ人が主な来店客であるタイ料理店では、店内にタイ人向けカラオケを設置するなどの工夫がみられた。食材販売店の調査では、タイの各地方に特徴的な調味料や食材を取り揃えている点において、地元のタイ人コミュニティから重宝されていた。

今後の展開

 今回、食生活に関する複数人への聞き取りから、ココナッツミルク用いた「おかず類」はウルチ米またはウルチ米粉の細麺と共に食され、モチ米を合わせることはほとんどないことが明らかとなった。一方、ココナッツミルクでモチ米を煮たものは「おやつ」として好まれており、同じくモチ性穀物であるモチトウモロコシを、牛乳と共におやつとして食している例も見受けられた。また、搗いたモチやモチ米粉もおやつとして食されることがほとんどであった。以上を受け今後は、北部におけるタイ伝統菓子に関する先行研究を参考に、イサーンやラオスにおけるモチ米の菓子への利用についても調査を行う予定である。また、タイ平野部の料理も提供するイサーン料理・ラオス料理レストランを対象に、各料理に対する調味上の工夫についての聞き取り調査も行い、主食としてのモチ米利用とおかずとの関係性について考察を深めたい。

参考文献

  • 宇都宮由佳.2006. 「タイ北部の人々にとってのカノムタイとは―その構造と機能―」『日本家政学会詩』57(5):271-286
  • レポート:秋葉 瑠美花(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)茨城県坂東市ほか
  • 渡航期間:2020年11月15日から2020年11月28日
  • キーワード:イサーン、ラオス、在日コミュニティ、モチ性穀物、タイ食材

関連するフィールドワーク・レポート

ナミビアにおける女性のライフコースの変遷――ジェンダー平等実現への取り組みに着目して――

対象とする問題の概要  本研究は、ナミビアにおける女性のライフコース[1]の変遷を、同国が実施しているジェンダー平等実現に向けた取り組みに着目して明らかにするものである。1990年に独立したナミビアでは、憲法第10条で性別によるあらゆる差別…

エチオピア西南部高地における日用具と生活文化の保全に関する地域研究

対象とする問題の概要  エチオピア西南部の高地に住むアリの人びとは、バルチモアと呼ばれる木製の3本足の椅子を日々の生活で利用している。調査対象にしたジンカ市T地区に生活する人びとは、バルチモアだけではなく、プラスチック製椅子や複数の素材を組…

ベンガル湾を跨ぐタミル系ムスリム移民のネットワーク――マレーシア・ペナン島における事例に着目して――

対象とする問題の概要  ベンガル湾沿岸地域は従来、海を跨ぐ人の移動を介して相互に繋がり合う1つの地理的空間であった。一方、近代国家体制とそれに基づく地域区分の誕生により、ベンガル湾の東西はそれぞれ東南アジアと南アジアという別の地域に分断され…

ガーナ東部ボルタ州における手織り布「ケンテ」産業――布の広域な流通を支える織り手の生業実践――

対象とする問題の概要  本研究では、ガーナにおいて小規模な家内制工業体制で生産される手工芸品が、国内にとどまらず国外でも広く流通しているという事例に着目し、零細な生産体制にも関わらず、広域にわたって布製品が流通している仕組みを解明することを…

牧畜社会における技術や知識の学び ――子どもの生活に着目して――

研究全体の概要  南部アフリカに住んでいるヒンバは、ウシやヒツジなどの家畜を保有して遊牧生活を行なっている。彼らは半乾燥地域に住んでおり、天水農作による農作物の生産性が低い。そのため、家畜を飼育することで、家畜からのミルクや肉を食料として頂…

インドネシア・ロカン川河口域における地形変化による生業変化

対象とする問題の概要  研究対象地域はインドネシア・スマトラ島東海岸のロカン川河口域であり、同地域は1930年代のオランダ統治時代に、ノルウェーに次ぐ世界第2位の漁獲量を誇るインドネシア最大の漁獲地であった。しかし、1970年代以降、漁獲量…