京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

幻想と現実はいかにして関わっているか ―岩手県遠野市の「民話」文化と語りとの影響関係の調査―

大出早池峰神社例祭宵宮で奉納された神楽。演目は「山の神」

研究全体の概要

 「妖怪」は人間が身体によって触知した自然世界から生じた、人間の想像/創造の産物であるとされている[小松 1994]。本研究では、岩手県遠野市(以下、遠野)において、当該地域で伝承されてきた河童や座敷童子などの、一般に「妖怪」に分類される想像上の生物が、どのように理解され、解釈され、語られているのかを調査し、現実と幻想をめぐる人間の想像力・創造性についての議論を検討する。
臨地では地域住民に聞き取り調査を実施し、一部の地域住民が「河童は妖怪ではない」と語ることが分かった。さらに、語り手の日常的な会話や生活様式など、語りの文脈を記録することで、彼らが「妖怪」という語をどのように定義し、それを否定しているのかを検討した。調査によって、地域住民は『遠野物語』が文化資源化されてきた歴史的過程を受容して「河童は妖怪ではない」と語るのみならず、彼らが文化資源化を担う過程で、彼ら自身の思想や生活態度が語りに反映されている可能性が示唆された。

研究の背景と目的

 岩手県遠野市(以下遠野)は、1970年の岩手国体を機に、柳田國男著『遠野物語』の観光資源化事業を開始した。諸事業の効果で『遠野物語』は地域住民の間で広く知られるようになり[前川 2016]、『遠野物語』に登場する河童について、「遠野の河童はかつて飢饉の時に川に捨てた赤子であるから、赤い」とする語りが醸成されるに至った[1]。しかし、飢饉や子殺しに関する史実的記述は『遠野物語』そのものよりも、柳田に遠野の伝承を語り聞かせた佐々木喜善が残した資料などに中心的に記載されている[e.g. 佐々木 2019]。したがって地域住民は、70年以降の事業において、柳田が創作した『遠野物語』だけでなく、そこからは捨象された「歴史的な事実」をも拾い上げ、語ってきたのだと考えられる。  本調査では、歴史的事実も含む遠野の伝承文化を、現在の遠野で生活する人々がどのように受容しているかを記録することを目的とした。


[1] 2020年度国内エクスプローラープログラム(2020.3)における報告者の調査による。

ゴンゲサマ(写真右)が登場する「権現舞」

調査から得られた知見

 赤い河童にまつわる「歴史的な事実」を語る人々のなかには、河童を妖怪とみなす一般的な見解に否定的な者も多い。彼らの否定の理由は、主に3つに分類できる。第一の理由は、世間一般には「妖怪=実在しない想像上の生き物」と考えられているからである。遠野の「赤いカッパ」はヒトであったから、想像上の生き物ではない。現実に存在したヒトであり、彼らにとってカッパは「ご先祖さん」にも当たる。
第二の理由は、世間一般には「妖怪=娯楽の対象としてのキャラクター」と考えられているからである。現代においてキャラクターとして定着した河童は、遠野の人々も含めた現代人にとっては、ほとんど現実との対応関係のない「つくりばなし」であるが、一方で遠野の「赤い河童」の話は歴史的事実であると地域住民は考えている。彼らは遠野の河童にまつわる民話が、単なる「不思議な話」や「面白い話」、「昔のつくりばなし」として消費されることを嫌っている。
 そして第三の理由は、世間一般に、またその字義からして「妖怪=(人畜に対して)悪さをはたらくもの、怪しいもの」と考えられているからである。これを否定する或る男性は、「河童は妖怪じゃない、フェアリーだよ」と語った。彼は、「河童みたいな妖精は世界中にいる」とし、河童は世界各地に存在する、自然物に宿ったり、自然物の権化として現れたりする精霊と同じなのだと理解している。この男性は郷土芸能である神楽の舞人でもあり、実際に神楽奉納に参与したところ、この男性を含む舞人らは「水の神」や「精霊」、「ゴンゲサマ(獅子頭をもつカミ)」に対して舞を捧げていると語った。さらに、舞の中にはそれら霊的存在とともに舞ったり、それと同化するような所作が観察された。
 調査より、彼らは「妖怪」という語を彼らの仕方で定義した上で、在来の「河童」という存在は「妖怪」というカテゴリーには当てはまらないと断定することが明らかになった。さらに、神楽の舞人の例など、地域住民の日常生活の観察結果から、動物とヒト、植物や鉱物、水や火、カミや精霊、そういった物々の間の境界線が曖昧な世界に遠野の人々が生きていると仮定できるのではないか。

今後の展開

 遠野の人々の河童にまつわる語りを契機として、現実と幻想、「歴史的な事実」と「つくりばなし」、真実と虚構、ひいては科学と非科学、これらの二項対立が厳密ではないような中間的領域(生活世界)について検討することができるだろう。
 今後は、彼らの生活世界の曖昧さや複雑さをより精確に言語化するために、上述の「河童≠妖怪」とされる3つの理由が相互に影響関係にあることに注目したい。この影響関係を紐解くために、引き続きフィールド調査にて地域住民の日常生活を参与観察し、河童や『遠野物語』にまつわる彼らの語りを量的により多く収集しつつ、彼らの語りの文脈をより丹念に明らかにしていきたい。

参考文献

小松和彦.1994.『妖怪学新考』講談社.
佐々木喜善. 2010(1964).『聴聞草子』筑摩書房.
前川さおり. 2016.6.「語り部1000人プロジェクト—岩手県遠野市の事例から」市民共創知研究会. 於岩手県遠野市.

  • レポート:森内 こゆき(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)岩手県遠野市
  • 渡航期間:2021年6月21日から2021年9月24日
  • キーワード:河童、妖怪、身体、民俗誌

関連するフィールドワーク・レポート

高知県安田町における闘鶏文化の維持とその継承

研究全体の概要  高知県安芸郡安田町では毎年6月から翌年12月にかけて、毎週日曜日に闘鶏大会(以下:大会)が開催されている。同地域では明治時代から現在に至るまで愛好家によって軍鶏の飼養が盛んに行われている。闘鶏は地域おこしの一環として行政の…

サードプレイスとしての泥棒市 ――あいりん地区における公共空間と不法占拠――

研究全体の概要  本研究は、あいりん地区の泥棒市を事例とし、路上営業を通じて公共空間に自らの居場所を確保していくという「創発」を生み出す主体としての露店商を捉えていくものである。まず、夏季に比べて冬季の露店営業規模は縮小し、60代以上の高年…

世界遺産白川郷における現代相互扶助制度

研究全体の概要  近年、農村地域の都市化やグローバル化が急速に進み、相互扶助といった人々の共助は失われつつある。そもそも相互扶助という村落慣行は、世界各地の農村地域で古くから行われてきた労力交換や共同労働を指す。白川村荻町には「結」という言…

小規模農家の集団的エンパワーメント/ケニアにおける契約農業の事例から

対象とする問題の概要   ケニアでは、国民の7割が農業に従事している。一方で、農業に適した土地は全国土の2割程度に限られている。近年の人口増加に鑑みると、より多くの人々が小規模な農業適地で農業を行ないつつあると言える。また、ケニア…