京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代ネパールにおけるサリーの多層性 ――ファッションとしてのサリー――

DB店内の衣類・布類売り場
マネキン2体(写真左、中央)はクルタを着用している

研究全体の概要

 本研究の目的は、現代ネパールにおけるサリーの多層的な意味づけと、その意味を生成するサリーをめぐる実践の様相を明らかにすることである。地域ごとに多様な住民を「インド国民」として統合するインドのサリーとは異なり、近現代ネパールにおいてサリーは、国内外の他者を差異化する/自らが他者として差異化される記号としてはたらいてきた。しかしながら、在日ネパール人女性を対象に行った本調査を通して、ネパールのサリーは人々を魅了するファッションとしての側面があること、さらにサリー・ファッションは有名サリー店、消費者(着用者)、ブティック、仕立屋などの諸アクターの連なりのなかで生成されていることが示唆された。今後は、ネパールのサリー・ファッションを生成する重要なアクターとして消費者(着用者)に注目し、彼女らが自らの身体や自己、サリーを着る個別具体的な場面に応じてどのようなサリーを選択するのかを調査したい。

研究の背景と目的

 サリーとは、長さ5~7mほどの一枚布を身体にまとう装いである。サリーと聞くと、多くの人がインドを想像するだろう。インドにおいてサリーは、イギリスからの独立を目指す際に、統一的な国家像を表象するインドの「国民衣装」となった。だが、サリーはインドのみならず他の南アジア地域でも広く着用されている。なかでも、ネパールにおいてサリーは、国民を統一するインドのサリーとは異なり、国内外の他者を差異化する/自らが他者として差異化される記号としてはたらいてきた。近現代ネパールを通して、サリーは支配者層であるヒンドゥー高カーストの権力や近代性を誇示する記号として、あるいは、洋服などの新たにもたらされた衣服とは異なる「時代遅れな」装いとして捉えられてきた。
 本研究の目的は、この差異化の記号に限定されない、ネパールのサリーをめぐる多様な意味づけと、その意味を生成するサリーをめぐる実践の様相を明らかにすることである。

流行りのサリーを着る報告者(SG店にて撮影)
最近の流行りはシフォン素材のサリーであり、上手に着付けができなくても
裾がふわふわとした見た目になる。

調査から得られた知見

 本調査は、福岡でサリーなどの衣類を販売する3人の店舗経営者を対象に行った。3人とも30代の既婚女性であり、民族はネワール[1]、日本での滞在歴は10年以上であった。店舗に置いてあるサリーやクルタ・スルワール[2]などを見せてもらい、商品の説明やサリーに対する女性たちの考え方を聞いた。
 3人に共通していたことは、サリーには流行があると語ったことである。彼女らはみな、日常生活のみならず祭礼の時でさえもサリーをあまり着ないと言及した[3]。それにもかかわらず、サリーの最新の流行についてよく知っていた。それは、彼女らがサリーを取り扱う店を経営しているからだろう。BM店を経営するSさんは、「サリーは毎年新しいものが出るから、みんな毎年新しいものを買う」と述べた。SG店のDさんによると、有名な高級サリー店が毎年新しいデザインを発表し、それを買えない人たちがSG店のようなブティックに来て、最新のデザインの真似をしたオーダーメイドのサリーを購入するという。 これまでのネパールのサリーに関する記述では、サリーのファッションに注目するものは見たことがない。その理由として、ネパールのサリーの多くはインド製であることが考えられる[4]。だが、SG店のDさんが話すように、ネパールにも有名なデザイナーがいて、毎年新しいデザインが作られている。ネパールの人々は、そのような流行のデザインに魅了されており、毎年サリーやクルタなどを新調する。最新のサリーを購入できない人々は、それらの流行を取り入れつつ、自分好みのデザインをブティックに注文する。そしてブティックは仕立屋に発注し、オーダーメイドのサリーが製作される。こうした状況を踏まえると、ネパールにおけるサリー・ファッションは単なる「インドのもの」ではなく、有名サリー店、購入者、ブティック、仕立屋などの諸アクターの連なりによって生成されている。


[1] ネワールとは、ネパールの首都カトマンズに古代から居住する先住民族である。言語はチベット・ビルマ語系のネワール語、宗教はヒンドゥー教と仏教の両方を信仰する。
[2] クルタ・スルワールは、一般的にはパンジャビー・ドレスとして知られている。裾が太ももくらいの長さのチュニックと、ゆるっとしたズボンの組み合わせである。
[3] サリーを好まない理由として、3人ともが着付けの難しさを語った。SG店のDさんは、20歳の頃から日本にいるためサリーを上手く着ることができないと述べた。彼女らはみな、サリーよりも着衣が簡単なクルタやレヘンガ(スカート)を祭礼時に着用するという。
[4] 実際、DB店に置いてあるサリーはすべてインド製だと店主のNさんは語った。

今後の展開

 今後は、ネパールにおけるサリーとしてのファッションを生成する重要なアクターとして、購入者(着用者)にさらに注目したい。購入者(着用者)の女性たちは、ファッションリーダーが毎年生み出す流行に魅了されながらも、自分の身体の特徴や、自身がサリーを着る場面(TPO)に適応するサリーを必ず選び、着用しているだろう。個々の女性たちにとって、「自分に合うサリー」とはいかなるものなのか、そしてそれは女性たちの身体や立場(カースト/民族、年齢、階級など)の違いによっていかに異なるのか。これらを問うことを通して、ネパールの女性たちがサリーおよびサリーをまとった自分自身をいかに理解しているのかを明らかにし、差異化の記号という意味には収まりきらない、現代ネパールにおけるサリーの意味づけを描き出したい。

  • レポート:三木 陽子(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)福岡県福岡市
  • 渡航期間:2021年11月8日から2021年11月19日
  • キーワード:サリー、ネパール、ファッション

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