京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

復興期カンボジアの障がい者に対する国際援助政策の研究

国立リハビリテーションセンターで、無料で診察・提供される義肢装具。
義肢装具製作技師養成学校が併設されている。

対象とする問題の概要

 今日のカンボジアの障碍者福祉は、1980年代の人道支援を源流とし、1991年のパリ協定を皮切りとした国際援助とともに形成されてきた。カンボジア政府は、2014年からと2019年からの4年間、障碍者戦略計画を掲げ、障碍者の貧困削減や差別の禁止を目指している。しかしながら、現在も障碍者福祉は、外国のNGOや外国から支援を受けた現地NGOなどが一翼を担っており、例えば1994年に社会福祉・退役軍人・青年更生省(以下、MoSVY)と国際NGOが共同で設立した理学療法センターは、現在もその資金源の半分以上を国際NGO側が占める。このように、国際援助は、現在に至るまで紛争後の障碍者福祉を担ってきた一方で、支援の対象は国際的なトレンド(関心)を反映し、他の課題を軽視させる可能性が指摘されている。例えば、地雷問題への関心によって、障碍者への支援が地雷・不発弾の被害者としての身体障碍者に集中し、それ以外の原因による障碍者に対する支援が立ち遅れた[吉崎ほか 2006]。

研究目的

 本研究は、①現在のカンボジアにおける障碍者に対する支援の実態と、②復興期以後の障碍者への援助が「いつ/誰を対象に/どのような活動を通じて」なされたのかという動態と国際支援の関係を明らかにすることを目的とする。
 そのために、今回の渡航では、カンボジアで障碍に関連した活動を行うNGOや当事者団体から資料収集および聞き取りを実施した。市民団体に着目する理由は、障碍者福祉においてNGOの役割が大きいことに加え、NGOの分析により、国際的なトレンドと障碍者福祉の実態との相互関係を分析できると考えたためである。

Cambodian Disabled People’s Organizationのスタッフの皆さんと調査者

フィールドワークから得られた知見について

 現地調査中、障碍分野で活動する団体10件を訪問し、活動の見学と聞き取り調査を行った。内訳は、NGOとMoSVYが共同で運営する国立理学療法センター1件、現地NGO 7件、外国のNGO 2件である。調査日のうち1日は、現地NGOの1つが実施する障碍についての啓発ワークショップに参加した。また、国内で活動する団体の概要を把握するため、カンボジア開発研究機関(CDRI)の資料室にて、障碍者支援に関する資料を収集した。
 今回の聞き取りで、次の知見を得られた。第一に、国内で多様な活動を展開する各NGOは、障碍という大きな括りの中で密接に連携を取っている。例えば、身体障碍者の支援において、あるNGOが車椅子を支援することになった際、車椅子を製造している他のNGOに発注をするなどである。他にも、義肢製作技師を養成するNGOでは、卒業生を、義肢義足を提供する政府とNGO共同運営の理学療法センターに派遣・就職斡旋をするという連携がシステム化されていた。知的障害児の教育支援においても、複数のNGO間でノウハウの共有がなされている。
 第二に、確かに地雷被害者への支援は、内戦と地雷というショッキングな問題に呼応する形で寄せられた国際的関心が影響したが、現在のNGOの活動を観察すると、国際的な枠組みの方が強く影響していると言える。例えば、女性障碍者に対する暴力の撲滅とエンパワメントは、近年の障碍分野で最も注目されるトピックである[Astbury and Walji 2013]。実際に、この課題に取り組むNGOにもドナーがついていたが、これは「カンボジアの女性障碍者が抱える問題」について市井の関心が寄せられたためではなく、女性障碍者が開発分野において重要視され、取り組みの枠組みが決定されたためである。ただし、市井の関心もなく国際的な枠組みでも強調されない課題に関しては、ドナーが離れ、資金調達に課題を抱えている団体も複数あった。援助が国際的なトレンドに影響され行われてきたことの弊害は否めない。

反省と今後の展開

 今回の調査では、障碍分野で活動するアクターと繋がりを作ることができた。特に、NGO・当事者団体の統括機関Cambodian Disabled People’s Organization(以下、CDPO)のスタッフと複数回接触し、活動の参与観察も行ったことは、ここに加盟する75団体と繋がる際にも活かせるであろう。他方で、約5週間の渡航の中、調査目的を広く設定しすぎたため、目的に対し具体的な知見を示すことができなかった。特に、国際的トレンドに左右される国際支援が障碍者福祉に与える影響については、「国際的トレンド」を「世間一般の関心」と「地域や国家が重視する分野」などに細分化して考える必要がある。また、聞き取り調査は、件数を優先したためCDPO以外には一度しか訪問・聞き取りしていない。しかし、関係性がない中、調査者が直接的な質問をするだけでは回答を得られないことがあったため、次回の調査では活動現場の参与観察を含めて複数回訪問することで、より詳細な分析を行う必要がある。

参考文献

 吉崎基弥. 青山温子. 永井真理. 小林明子.2006. 「カンボジアにおける身体障害者支援の現状と課題」『Journal of International Health』21(1):43-51.
 Astbury, J. & Walji, F., 2013. “Triple Jeopardy: Gender-based violence and human rights violations experienced by women with disabilities in Cambodia.” AusAID Research Working Paper 1, 2013.

  • レポート:津田 理沙(2021年入学)
  • 派遣先国:カンボジア王国
  • 渡航期間:2022年7月2日から2022年8月5日
  • キーワード:身体障碍、地雷被害者、国際援助、NGO、義肢義足

関連するフィールドワーク・レポート

タイの考古学に対する批判的考察/遺跡の保存・活用の観点から

対象とする問題の概要  タイは、年間約500億米ドルもの国際観光収入を得る [1] 、まさに観光立国と呼ぶにふさわしい国である。荘厳な寺院や伝統芸能、ビーチなどのリゾートと並んで、タイ観光の目玉の1つになっているのは、スコータイやアユタヤー…

マダガスカル北西部農村におけるマンゴーと人の共生関係――品種の多様性とその利用――

対象とする問題の概要  栽培植物は常に人間との共生関係の中で育まれてきた。植物の品種を示す言葉は複数あるが、本研究の関心は地方品種にある。地方品種は、地域の人々の栽培実践によって成立した品種として文化的意味を含んでおり[Lemoine et…

現代パキスタン都市部におけるパルダ実践の様相/女性たちの語りに着目して

対象とする問題の概要  本研究においては、現代パキスタン都市部におけるムスリム女性のヴェール着用に関して、彼女たちの語りを分析する。パキスタンにおいて、女性のヴェール着用はパルダ(Purdah) という概念に結び付けられて論じられる。パルダ…

現代トルコにおけるスーフィズム理解――スーフィー心理療法に着目して――

対象とする問題の概要  スーフィズムは音楽、詩、舞踊などを通して神や宇宙とのつながりや、神への愛を表現する。そして修行を重ねて魂を浄化し、個我からの解放と神との合一を目指す。このようなスーフィズムの実践を、セラピーとして癒しやストレス解消に…