スリランカにおけるインド・タミル人清掃労働者の研究/差別に抗するマイノリティの日常実践
対象とする問題の概要 インド・タミルはスリランカに居住するタミル人のうち、英植民地時代に南インドから移住した特定のカースト集団をルーツにもつ者を指す。そして、その多くが紅茶等のエステート(=プランテーション)労働者であることからエステート…
1975年に社会主義国として成立したラオス人民民主共和国(以下、ラオス)は、1986年から市場開放化政策を実施し、従来の自給自足型経済に代わって、貨幣経済が全国に浸透している。特に、都市部は経済の中心となり、地方からの人口流入が進んでいる。一方で、ラオスの生業に関する先行研究は、主に農村部に集中し、農外活動の導入過程などを明らかにしてきた。都市部においても、人々は様々な方法で生計をやりくりしている。例として、本調査で対象とした、転職や副業、民間の金融システムが挙げられる。しかし、その経済活動の実態は統計データには現れない。そうした実態を把握するためにも、当事者への聞き取り調査が必要である。
本調査は、ラオス都市部で暮らす人々の生計の立て方の実態を明らかにするために実施した。都市部の労働者は、無給家族従業者を除き、多くが公務員、民間企業、自営業の3つに分類される。本調査では、給料は低いが福利厚生が充実している公務員と、経済的には不安定だが個人の裁量で仕事のできる自営業者を比較しながら都市部における生計維持の実態を明らかにする。具体的には、公務員の中でも大学職員、自営業者としては市場や商店の商人、乗合バスなどの自営の市内輸送ドライバーを対象として、副業や転職、頼母子講について聞き取りを行なった。主な対象地域は、首都ビエンチャン特別市サイタニー地区のドンドーク村である。同地域は、幹線道路が通り、近くに南部行きバスターミナルがあるなど交通の要所といえ、1990年代に国立大学ができてから大学の周辺の開発が進んだ。古くからの居住者と新規流入者が共存しており、生業も多岐に及んでいる。
現在ラオスでは、パンデミックと急激なキープ(ラオスの通貨)安によって1997年以来の経済危機が生じている。そうした状況下で都市部の人々の行う生計維持には彼らの生存戦略の特徴が見られると考えられる。
以上の目的のもと聞き取りを行なった結果、転職や副業など、都市部における複合的かつ流動的な生計維持の実態の一部が明らかになった。また、調査を行う過程で明らかになったのが、民間の金融システムである頼母子講運用の違いである。以下に詳細を示す。
聞き取り調査を実施して、転職が多く見られたのが市内輸送のドライバーである。パンデミック禍のロックダウンで利用客が激減したことや、営業に必要な自動車が比較的手に入れやすく、中古でも販売しやすい資本であることが理由として挙げられる。
大学職員の特徴としては、多くが副業を持っていることが挙げられる。大学周辺のアパートや長屋の大家や、工場経営など、大小問わず家族と共同でビジネスを行なう職員が多い。また、近年は特にオンライン通販を始めたという人も多かった。Facebookの投稿や職場のグループチャットなどで地方の特産物や小物を販売しているという。ロックダウンで国内の宅配業が急成長し、個人が通販を行いやすくなったためだと考えられる(写真1)。大学の教員は他の公務員のなかでも勤務時間が長いため、空いた時間で気軽に始められて融通の効くオンライン通販が人気だと考えられる。
経済活動における公務員と自営業の違いが表出したのが、フワイと呼ばれる頼母子講の運用である。グループを作り、月毎や日毎にメンバーから決まった金額が集められ、その総額を決まった順番でメンバーひとりずつが受け取ることのできる民間の貯金システムである。ラオスでは全国で行われているが、一定の収入が見込まれる労働者の多い都市部においてよく見られる。利子が付随し、受け取る順番が後になるほど利益は高いが、途中で集金役のリーダーが逃げるなどのリスクも高まる(写真2)。よってメンバー間、特にリーダーの信用が必須となる。そのため、公務員も自営業の特に商人も、同じ職場や市場などでフワイを行っている。しかし、商人の中には、パンデミック以降売上が落ちたためにフワイを休止しているという人が多い。一方で一定の収入が保障されている大学職員は、比較的低い金利で、経済危機下でも持続して行う人が多いことがわかった。フワイで受け取った金は銀行口座に貯金する場合や、バイクや金、家畜などの資産を買うための資金に充てられる場合が多い。
また、商人以外にもフワイを行なう自営業者も見られた。しかし、そのフワイを構成する他のメンバーは軍人などの公務員であり、ラオス社会において公務員であることが高い信用を得る要因になっているといえる。
調査開始当初、副業について詳しく聞き取りを行う予定であったが、途中で頼母子講を行う人口が想像以上に多いことがわかり、生計維持に影響を持つと考えて、調査の後半ではフワイについて重点的に聞き取りを行なった。しかし、個人的かつ法律でも保障されていない経済活動であるため、多くの人が話すことに躊躇し、踏み入った調査を行うことが難しかった。フワイの仕組みや各グループの特徴や公務員や自営業の運用方法の違いは明らかになったが、個人の生計維持にどれほどの効果があるのかを測るデータは十分に集められなかった。この反省は、副業と転職についての調査にも共通している。今後は、売上や給料の明確なデータを集めることは難しいため、特定の個人や世帯に注目して参与観察を行い、数値以外の情報で生計の立て方を測る必要があると考える。また、経済危機以前の状況や、過去の経済的な転換点なども照らし合わせながら、社会の中で個人がどのような戦略を持って生計を維持してきたのかの分析も必要となる。
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