京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

インドにおけるトイレとケガレ観念に関する研究

現在全国展開しているSKAのSTOP KILLING US運動

対象とする問題の概要

 インドでは野外排泄が社会問題となっている。野外排泄が続く要因として、経済的要因、政治的要因、社会的要因など様々な要因が考えられるが、トイレを「ケガレたもの」として忌み、避けるためトイレの使用を拒むことも、野外排泄を行う要因の一つと考えられている(Coffey & Spears, 2017)。本研究では、トイレのケガレ観念と密接に関係する清掃カースト研究から概観することで、インドにおいてトイレのケガレ観がどのように作用し人々の行動に現れているのか明らかにすることを目指す。

研究目的

 清掃カーストとは、清掃労働(道路・家屋の清掃、排水路・下水道の清掃、便所清掃、病棟清掃、ゴミの回収 や運搬、動物の死体の運搬・処理)を伝統的な職業として行ってきたカースト集団の人々であり、ヒンドゥー教の浄・不浄観念で最も不浄とされている清掃労働に従事してきたため、不可触民の中でも社会的に最下層に位置づけられている(鈴木、2015)。本調査では、屎尿処理労働を撤廃し、清掃カーストの尊厳と回復を目標として活動するNGO団体、Safai Karmachari Andolan(以下SKA)のデリーとテランガーナ州ハイデラバード市にある事務所を訪問し、聞き取り調査や資料収集を行った。SKAの活動に密着し、現在トイレのケガレ観がどのような問題を引き起こしているのかを明らかにすることで、トイレのケガレ観念について考察していく。

SKAのハイデラバード事務所

フィールドワークから得られた知見について

 今回の調査で特記すべき点は二つある。
 一つ目は、インドの変化である。SKAやインドの公衆衛生の研究者、都市開発を行う人々にトイレや清掃カーストに関する聞き取り調査をした際、インフラ整備により水洗トイレが導入され乾式トイレや野外排泄が減ったこと、トイレで排泄をする習慣ができ野外排泄が減ったことなど、多くの人々の語りから物質的・意識的な変化の強調を感じた。またその変化に伴い、SKAの主な課題も、従来の乾式トイレ撤廃や乾式トイレの清掃人への権利保障から下水道の清掃人の権利保障へと変化していた。下水道を手作業で掃除することは法律で禁止されているが、現在も清掃中に毒ガスを吸って亡くなる事件は続いている。2022年9月にデリーで下水道の毒ガスが原因で清掃人が亡くなる事件が起き、私もSKAのスタッフと共に亡くなった清掃人の家族を訪問した。SKAは今後、雇用側の違法行為を司法に訴え、残された家族の生活を保障するようだ。以上のように、トイレに関する物質的・意識的変化と共にSKAの課題も変化しており、インドの変化が見て取れた。
 二つ目は、変化していない部分である。下水道清掃者は毒ガスで意識を失っても早急に対処すれば助かる可能性がある。だが、誰も汚いから助けたがらないのだという。様々な側面が変化してもなお、排泄に関連するケガレは何かかしらの形で否定的な観念として続いており、結局のところ、SKAの問題の変化も問題が形を変えて現れているだけのようにも思われる。つまり、表面的な部分は変化しても、トイレに関する何からの否定的なケガレ意識は存続しているように感じた。

反省と今後の展開

 トイレや清掃人に関する問題はケガレ観だけでは説明できない、多くの要因が複雑に重なり合って問題が生じている。その他の要因についても研究を進めるにあたって調べる必要がある。また、今回の調査では、インドのトイレや清掃カーストの問題改善のために活動している人々に聞き取きを行っており、その意見には偏りがみられる。一方で当事者である清掃カーストの人々と話す機会を多く設けることができなかった。そのため、今回得られた人脈を活かして調査の幅を広げていくことで、トイレのケガレ研究を進めていく。

参考文献

 鈴木真弥. 2015.『現代インドのカーストと不可触民』慶應義塾大学出版会.
 Coffey, D. & Spears, D. 2017. Where India Goes: Abandoned Toilets, Stunted Development and the Costs of Caste. Noida: HarperCollins Publishers India.

  • レポート:神﨑 成実(2022年入学)
  • 派遣先国:インド
  • 渡航期間:2022年8月8日から2022年9月19日
  • キーワード:清掃カースト、トイレ、ケガレ

関連するフィールドワーク・レポート

タンザニアにおけるプリント布のサプライ・チェーンに関する研究/製造・小売間の連関

対象とする問題の概要  本研究では、タンザニアで生産されるプリント布についての調査をおこなう。タンザニアを含む東アフリカでは、カンガやキテンゲと呼ばれるプリント布が、衣服としての用途の他にも、使用の場面や目的に応じ、形を変えて使用することが…

不確実性を読み替える賭博の実践/フィリピン・ミンダナオ島における事例から

対象とする問題の概要  フィリピン・ミンダナオ島では、フィリピン政府と反政府イスラーム組織による紛争が長期化しており、人々は自らでは制御不可能な政治的不安定に起因する社会・経済的不確実性を所与のものとして日常生活を営んでいる。そのような不確…

アフリカの都市若年貧困層の政治意識についての研究

対象とする問題の概要  本研究では、近年のザンビアが、アフリカでは例外的に政治的暴力を経験しなかった要因について、暴力の潜在的行使主体となりやすい若年貧困層の政治への認識と行動の分析を通じて考究する。アフリカ諸国は1990年代に相次いで一党…

現代パキスタン都市部におけるパルダ実践の様相/女性たちの語りに着目して

対象とする問題の概要  本研究においては、現代パキスタン都市部におけるムスリム女性のヴェール着用に関して、彼女たちの語りを分析する。パキスタンにおいて、女性のヴェール着用はパルダ(Purdah) という概念に結び付けられて論じられる。パルダ…

エチオピアにおけるヘルスエクステンションワーカーによる保健衛生活動の実践とコミュニティ活動について

対象とする問題の概要  アフリカでは、感染症による死亡者の割合は高く、現在でも解決すべき問題と捉えられている。個々の生活の維持向上を脅かすだけでなく、社会全体の発展を阻害する大きな要因と指摘されている。エチオピアにおける上位をしめる疾患にも…

ガーナの手織り布ケンテのグローバル市場における可能性の探求――博士予備論文執筆にむけた予備調査報告――

対象とする問題の概要  報告者は、アフリカのローカルな経済圏の中にある手工芸品が、グローバル市場で流通することで広がる可能性の探求を目指す。具体的には、ガーナの「ケンテ」という精巧に織り上げられた手織りの布を対象にする。そしてこの布のグロー…