京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

セントラル・カラハリ・サンの子ども社会への近代教育の影響――ノンフォーマル教育の事例から――

OSETの外観

対象とする問題の概要

 1977年より、ボツワナ政府は、民主主義、発展、自立、統一を教育理念に掲げてきた。1970年代中頃まで狩猟採集を生活の基盤としていたサンの社会は、政府の定住化政策によって、管理、教育、訓練の対象となってきた。こうした生活様式の変化は、サンの社会における教育の重要性を高める一方で、教育現場では様々なコンフリクトが生じている[Mokibelo 2014]。例えば、定住化それ自体も現在進行形であることから、異なる出身地の子どもの学習機会をめぐる課題がある。また、使用される言語は、英語とツワナ語であり、ツワナ語話者である教員とサンの子どもとの間には、教授形式の違いをめぐって、学習上の困難が生じやすい[秋山2013]。ボツワナ共和国ニューカデ地区(以下、ニューカデ)では、これまでサンの人びとに関する多くの調査が行なわれてきたが、とりわけ、子どもの学校教育に関する記述には乏しかった。

研究目的

 2007年、小学校や中学校を中途退学した子ども向けのノンフォーマル教育の場としてOut of School Education and Training(以下、OSET)がニューカデに開校した。住民は、OSETを「登ることを助ける」という意味である、jíà ɡùī sì(Gǀui)または !?ábò ɡùī sì(Gǁana)の名称でよび、年上の学習者のための学校として認識している。OSETでは、ツワナ語と英語を教授言語として使用しながらも、子どもの理解状況に応じて、適宜、教員や補助教員がGǀui語およびGǁana 語で説明を加える。補助教員は政府が失業中の青年に提供している制度(Tirelo Setshaba)により雇用されており、30歳以下のForm5修了者の中から採用されている。本研究では、OSETに関する基礎資料からの情報収集ならびにOSETに通学する子どもと補助教員への聞き取りから、サンの子ども社会における近代教育の影響について明らかにすることを目的とする。

学童期の子ども(ニューカデ)

フィールドワークから得られた知見について

 結果:現在、OSETには、9歳から19歳の男女19名が在籍しており、全員が同じ教室で学習している。スタッフは、教員3名と補助教員1名、秘書2名、掃除員1名からなる。補助教員は、主に子どもの言語面をはじめとする学習支援を行なう。
 本研究の参加者は、OSETに通学する子ども3名(表1)と補助教員1名であった。3名の子どものエスニシティはすべてGǀuiであり、いずれも今年度からOSETに入学した。参加者Aは就学年齢になっても小学校に就学することなく、両親の勧めでOSETに入学した。参加者BとCは、飲酒、いじめ、妊娠を理由に小学校または中学校を退学していた。BとCは、OSET修了後の中学校への進学、編入を希望していた。参加者Aは、OSETにはおおむね満足しているが、特に今後の展望はなく、将来は自宅で何もすることなく過ごすだろう、と語った。補助教員D(20代後半、男性)は、ニューカデに在住しており、Gǁana語話者であった。Form5修了後、コンピュータ関係の専門学校に通っていたが、飲酒と薬物使用により学校を中途退学して以降は、出身地であるニューカデに戻り、無職で生活していた。現在の仕事には満足しており、近い将来、コンピュータの勉強を再開したいと語った。
 考察:ボツワナではコイサン諸語による教育制度が確立しておらず、ツワナ式の教授形式が採用されている。しかし、本研究からは、ノンフォーマル教育の現場ではGǁana語話者である補助教員が教育に携わっていることや、様々な年齢の子どもが同じ空間で学んでいることが明らかとなった。また、補助教員Dへの聞き取りからは、OSETが高卒程度の学歴を有する青年の重要な就労先であることが明らかとなった。したがって、OSETは小学校や中学校等のフォーマル教育を中途退学した子どもたちに教育の場を提供するだけではなく、より高学歴だが就労先の見つかっていない人々にとっても教員として働く機会を与え、両者の自立と発展を担う場となりうることが示唆された。

反省と今後の展開

 本研究は学期末に実施されたため、授業風景等を観察することができなかった。また、聞き取りへの参加者も4名と限られていた。今後は、OSETでの子どもの学習の実際を観察するとともに、聞き取りの年齢、参加者数を増やして調査を行なう。また、行政機関や診療所とも連携し、健康状態や家族状況と子どもの就学の実態を明らかにする。

参考文献

 秋山裕之.2013.学校教育が少数民族の子どもに与えた影響―ボツワナの狩猟採集民サンの事例―『アフリカ教育研究』(4):1-18.
 Mokibelo, E. B. 2014. Why we drop out of school: Voices of San school dropouts in Botswana. The Australian Journal of Indigenous Education, 43(2): 185-194.

  • レポート:野口 朋恵(2022年入学)
  • 派遣先国:ボツワナ共和国
  • 渡航期間:2022年9月24日から2022年12月15日
  • キーワード:セントラル・カラハリ・サン、子ども、近代教育、ノンフォーマル教育

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