京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ケニア沿岸部における少数民族ワアタの現状――ゾウの狩猟と保全のはざまで――

S集落での聞き取り風景

対象とする問題の概要

 ケニア沿岸地域には、元狩猟採集民の少数民族ワアタが点在して居住している。彼らはエチオピア南部のオロモ社会を起源とするクシ語系の民族で、ケニア沿岸地域の先住民族だと言われている。彼らは狩猟採集民であったため、野生動物の多く生息する地域を転々と移動しながら生活してきた。1948年にケニア沿岸地域の広大な土地にツァボ国立公園が設置されると、現在まで国土の8%を占める54の国立公園と国立保護区が設置され、これらの地域では狩猟はもちろん、あらゆる生業活動が禁止された。国立公園の設置によって、かつて野生動物や植物を資源として利用していたワアタは代替の土地や仕事を与えられないままに住居と生業手段を奪われた。現在では主に国立公園の外で炭焼きや賃労働に従事している。しかし、その経済レベルの低さから近隣住民からはワリアングルという蔑称で呼ばれ、また政府からも正式に民族として認められておらず、二重の差別を受けている。

研究目的

 ワアタに関する研究はこれまで、ケニアでの狩猟や植民地政府の土地利用に関するものがあり、ワアタ自体を対象とした民族誌的な研究は2004年のKassam and Bashunaによるものがある。しかし、Kassam and Bashunaが調査地としている場所はケニア北部であり、ケニア沿岸部に住むワアタを対象とした民族誌的研究は実施されていない。本研究では、ケニア沿岸部にあるワアタ集落でのフィールドワークを通じて、1977年のケニア政府による狩猟の全面的な禁止がワアタの伝統的な生活様式と文化的慣習に与えた影響を研究する。また、自然保護や土地利用の変更など、政府の政策やその地域の支配的な民族集団との関係を通してワアタのアイデンティティや自己認識がどのように維持/変容されてきたのかも調査する。

ゾウの狩猟体験を語る男性

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークでは、ケニア沿岸地域に居住する6ヶ所のワアタの集落を訪問した。ワアタ集落は共通して国立公園などの近くに位置しているが、狩猟の経験や、信仰する宗教、ワアタ語の使用頻度は地域によって異なっていた。例えば、ミジケンダが支配的な民族であるGedeのM集落はアラブコソコケ森林保護区の近くに位置しているが狩猟を経験した者はおらず、また街からほど近いため賃金労働に従事する若者が多い。言語はスワヒリ語やミジケンダ語と混ざり、本来のワアタ語は消滅の危機にある。多くはキリスト教に改宗しており、伝統儀礼も現在は行われていなかった。その一方で、街から離れてツァボイースト国立公園の境に位置するS集落では、生活のために狩猟を近年まで継続しており、男性の多くは狩猟の経験があった。キリスト教に改宗しているものの伝統儀礼も残っており、またワアタ語も本来の形に近い状態で残っていた。また、この地域では自然保護NGOによる住民の経済的自立の支援を目的としたコンサーバンシーが2017年に開始していたが、今回訪れたS集落ではその成果は確認できず、5年経った今でも準備段階にあるという。彼らが豊富に持つ野生動物や植物に関する知識は、1960年代に皮肉にも密猟者の摘発に活用されていたそうだが、現在の動物保護や観光に活用されている事例は見られなかった。ゾウの狩猟に用いた弓矢をいまだに持っている人がいたのは6集落のうち1つで、生まれた子どもにミニチュアの弓矢を持たせる命名式が現在でも行われているのは6集落のうち2つであった。ゾウの狩猟を経験した人が減り、野生動物が住む地域に行くことすらも許されない状況では、彼らが培ってきた知識や技術、また狩猟に関わる伝統儀礼は消失の一途を辿っている。他方で、狩猟も森に住んだ経験もない30歳の青年は“We belong to forest”と言い、彼らの狩猟者としてのアイデンティティは一部継承されていることも分かった。

反省と今後の展開

 具体的な集落の位置が不明で中心地から離れた場所にある集落へはトラブルを避けるためその地域のカウンティチーフなどの有力者に同行してもらい、通訳をしてもらっていた。そのため、違法な狩猟の経験などについての質問は極力避けることになった。今回の調査で、集落の具体的な位置を把握し、ワアタ語の基本的な文法を習得、ワアタ語英語の辞書を入手したため、次回からの調査では一人で集落を訪問することが可能である。また、ケニヤッタ大学でワアタ語の研究者や、ワアタ語の辞書を編纂したKenyan National Commission for UNESCOの担当者、Waata C.B.O.の代表との面識ができ、今後の調査の協力を仰ぐことができる。また、タナ川近くのKulesaに新しくコンサーバンシーとカルチャーセンターの建設が計画されていることがわかったため、今後の調査地の候補として考えている。

  • レポート:杉岡 恭介(2022年入学)
  • 派遣先国:ケニア共和国
  • 渡航期間:2022年11月18日から2023年1月19日
  • キーワード:先住民、アフリカ、狩猟採集民、自然保護、伝統

関連するフィールドワーク・レポート

手作りおもちゃの世界的な分布と地域ごとの特徴に関する研究

研究全体の概要  世界各地でみられる手作りおもちゃには普遍性がある一方、地域や時代によっては特殊性が存在する。本研究の目的は、愛知県日進市に位置する世界の手作りおもちゃ館の館長への聞き取り調査から、手作りおもちゃの地域ごとに共通する特徴およ…

ナミビア南部貧困地域における非就業者の扱われ方についての人類学的研究

対象とする問題の概要  ナミビア南部に主にナマ語を話す人々が生活する地域 がある [1] 。この地域は非就業率と貧困率が高く、多くの非就業者は収入のある者や年金受給者と共に生活し、その支援を受けている。1990年代初めに地域内の一村で調査を…

ベトナム・メコンデルタにおける農業的土地利用の変遷/塩水遡上・市場動向・政策的要因に注目して

対象とする問題の概要  ベトナムの一大穀倉地帯であるメコンデルタでは、近年の環境変化が農業システムに大きな影響を与えている。メコンデルタでは様々な環境変化が起きているが、特に沿岸部を中心に発生している塩水遡上の影響は顕著である。沿岸部やハウ…

キャッサバ利用の変化と嗜好性からみるタンザニアの食の動態

対象とする問題の概要  キャッサバは中南米原産の根菜作物であり、現在世界中でさまざまに加工・調理され食べられている。タンザニアでもキャッサバはトウモロコシやコメとならんで最も重要な主食食材の1つである。キャッサバを主食としていない地域でも、…

社会のイスラーム化と政治の脱イスラーム化 /新設モスクにおけるイスラーム団体の覇権

対象とする問題の概要  私が対象とするインドネシアはムスリムが人口の88%を占める。1970年代以降、敬虔なムスリムが増加していると言われている。一方で、1998年の民主化以後の選挙結果を見ると、イスラーム系の得票率は増加傾向にない。むしろ…

セントラル・カラハリ・サンの子ども社会への近代教育の影響――ノンフォーマル教育の事例から――

対象とする問題の概要  1977年より、ボツワナ政府は、民主主義、発展、自立、統一を教育理念に掲げてきた。1970年代中頃まで狩猟採集を生活の基盤としていたサンの社会は、政府の定住化政策によって、管理、教育、訓練の対象となってきた。こうした…