京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ケニアの都市零細商人による場所性の構築過程に関する人類学的研究――簡易食堂を事例に――

写真1:キバンダの営業の様子

対象とする問題の概要

 ケニアでは2020年に都市人口の成長率が4%を超えた。膨張するナイロビの人口の食料供給を賄うのは、その大半が路上で食品の販売を行う行商人などのインフォーマルな零細業者である。その中でも、簡易な小屋のなかで営業されるキバンダは、市民にとって日常的な食事場所である。キバンダでは、主に工業地帯の都市労働者や日雇い労働者を対象ケニアの国民的食事が提供され、1980年代から1990年代にかけ、人口増加に伴い店舗数が急増した。
 アフリカ都市部における食の供給については、零細商業の社会的重要性が先行研究で指摘されているものの、その問題意識は食品の衛生管理や栄養評価にとどまっている。いずれの研究も、安全な食料・食事の提供という途上国としての課題を明らかにしてきたが、キバンダを実際に営業しているインフォーマルな零細業者や、キバンダを利用する消費者とのつながりに焦点を当て、食事場所の社会的重要性を検討する視点が欠けている。

研究目的

 本研究の目的は、ケニア都市部のキバンダを対象に、都市の流動的状況下で食事場所を起点とし、どのように人々のつながりが形成・維持されるのかを明らかにすることである。ダイナミックに人口が流入・移動するアフリカの都市において、キバンダのような簡易食堂は、農村部からの出稼ぎ労働者には働き場所を提供し、都市の労働者には食事を提供するという人々の結節点として存続してきた。従って、キバンダを食事の提供という機能的な側面を超えた人口流動の結節点である「場所」として、キバンダの社会的側面を複眼的に分析することは重要である。
 本渡航の到達目標は、都市零細商人が営業するキバンダの参入背景・営業実態を把握することである。本計画では、キバンダを実際に営業している零細業者や、キバンダを利用する消費者に焦点を当て、現地調査を実施した。

写真2:キバンダで提供されるチャパティ(左)とニャマ(右)

フィールドワークから得られた知見について

 まず、経営者や従業員の属性・営業上の役割について報告する。報告者が調査を実施したナイロビにある5つのキバンダのうちの4つのキバンダは女性の店主によって経営されていた。4人の女性店主は、40代〜50代である。4人ともキバンダの経営においては客の支払う金額を勘定し、代金を受け取ることや、携帯電話で送金される代金が振り込まれる口座を管理するなど主に金銭を扱う業務をしている。
 そして各キバンダは、女性店主に加えて5〜7人の従業員によって営業されている。女性店主と従業員の関係性は、親族である場合とそうでない場合があった。また、キバンダは常に同じ従業員によって操業されているのではなく、営業日によって従業員の構成が変化していた。店主は女性である割合が高かったが、従業員に関しては男性/女性に関わらず就業している様子が見られた。しかし、男性/女性によって、キバンダの業務における役割は固定されていることがわかった。男性は、チャパティを鉄板で焼く担当である一方(写真1参照)、女性は食事を器に盛り付け、客に提供する給仕の役割や、使用済みの食器類の洗浄に従事している様子が見られた。
 次にキバンダの日々の営業の様子と客の利用の様子について報告する。キバンダは、準備を含めた午前7時から片付けが完了するまでの午後9時まで営業されている。よって、客はキバンダを利用する時間帯に応じて、朝食・昼食・夕食を食べることができる。
 朝、昼、晩のいずれの時間帯においても、キバンダを利用する客には、男性の客が多い。観察をおこなった限りでは、それぞれのキバンダの収容可能人数の9割が男性の客であり、女性の客はほとんど見られなかった。これはキバンダが集積する地域は、工業地区に多いとされており、実際に調査を実施したキバンダが集積している地域も、自動車整備工場や建設現場の近くに位置していたため、男性の客が多く来店していたと考えられる。

反省と今後の展開

 今後の展望として、キバンダの経営者や従業員、来店客への属性調査や聞き取り調査を実施したい。今回の渡航では報告者のスワヒリ語の言語運用能力が不十分だったため、参与観察は視覚情報に限定されてしまった。今後、スワヒリ語の学習を継続し、現地調査をより丹念に行いたい。
 さらに、報告者の研究は、女性の都市零細商人の研究にも発展させることが可能だと考えている。今回の調査では、キバンダ経営において、女性は男性よりも相対的に地位が高いことがわかった。しかし、一般的に都市零細商業に従事する女性労働者は男性よりも経済の周縁に位置していることが指摘されている。つまり、女性は一般的にはインフォーマル経済の周縁に置かれているとしても、ことキバンダの経営においては主要なアクターとして、多くの男性の客に食事を提供している。その点で、女性のインフォーマル経済における役割については、より複眼的な見方が必要だと考えられる。

  • レポート:北條 七彩(2021年入学)
  • 派遣先国:ケニア共和国
  • 渡航期間:2023年2月3日から2023年3月13日
  • キーワード:ケニア、ナイロビ、都市、零細商人、インフォーマル・セクター

関連するフィールドワーク・レポート

南アジアにおけるイブン・アラビー学派

対象とする問題の概要  本研究では、イスラームの代表的スーフィーであるイブン・アラビー(d. 638/1240)の思想が、南アジアにおいてどのように受容されてきたのかを明らかにすることを目指す。その際、19-20世紀インドのウラマー・スーフ…

社会のイスラーム化と政治の脱イスラーム化 /新設モスクにおけるイスラーム団体の覇権

対象とする問題の概要  私が対象とするインドネシアはムスリムが人口の88%を占める。1970年代以降、敬虔なムスリムが増加していると言われている。一方で、1998年の民主化以後の選挙結果を見ると、イスラーム系の得票率は増加傾向にない。むしろ…

手作りおもちゃの世界的な分布と地域ごとの特徴に関する研究

研究全体の概要  世界各地でみられる手作りおもちゃには普遍性がある一方、地域や時代によっては特殊性が存在する。本研究の目的は、愛知県日進市に位置する世界の手作りおもちゃ館の館長への聞き取り調査から、手作りおもちゃの地域ごとに共通する特徴およ…

DRコンゴ・ボノボとヒトの共生の場の人類学的研究

対象とする問題の概要  本研究の調査地であるワンバ(Wamba)周辺地域およびバリ(Mbali)地区は類人猿ボノボの生息域である。ワンバ周辺地域では1970年代からボノボの調査がはじまり、内戦時の調査中断とその後の再開を経て、現在までおよそ…

地方都市に生きる人々――ジョグジャカルタ都市部における「つながり」の現在――

対象とする問題の概要  伝統的な自然経済から工業化、産業化の高度発展のもとグローバル化が急速に進んだ今日、コミュニティそのものの在り方も大きく変動してきた[山田2020]。一方、都市部でありながら依然として村落共同体的な性格が色濃く残る場所…

南北分断期のベトナム共和国の仏教諸団体に関する研究

対象とする問題の概要  本研究では、植民地支配・独立・戦争・分断・統一という20世紀の社会変動とそれに伴うナショナリズムの高揚のなかで、各仏教諸団体がそれぞれの宗派(大乗・上座部)・エスニシティ(ベト人・クメール人)・地域(北部・中部・南部…