京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

長期化難民/移民に対する援助と地域社会の形成――タイ・ミャンマー国境地帯を事例として――

モバイルマネー事業者の店舗(ターク県メーソット)

対象とする問題の概要

 2021年以降、ミャンマーでは170万人以上がIDP[1]として国内での避難を余儀なくされている[2]。タイ国境においては歴史的に、国際的な人道支援アクセスが制限されるミャンマーへの「国境を越えた支援」が草の根のCSO[3]を中心に展開されてきた。従来、紛争下の国内避難民支援における公的機関とCSOとの連携は、それが地域におけるEAO[4]の正統性を担保する危険性がある場合には慎重になるべきだと考えられてきたが、深刻な人道的危機にある昨今、同地域でも両者の連携による支援の実施が模索されている。さらに、タイ国境のCSOの多くは長きに渡る軍からの少数民族への弾圧に対応してきた歴史を持つが、多数派であるビルマ族として新たに流入した人々もまた国境域での支援活動に参入している。本研究は、クーデター後に変容するタイ国境地域における人道支援活動の動態を、当事者団体としてのCSOの活動に着目し明らかにするものである。


[1] Internally displaced persons(国内避難民)の略。
[2] 2023年3月6日UNHCR発表。
[3] Civil Society Organization(市民社会組織)の略。
[4] Ethnic Armed Organizations(少数民族武装組織)の略。

研究目的

 本研究の目的は、①公的機関が抱える紛争下の人道支援における課題を解決する糸口としてCSOが果たす役割、および②少数民族中心で形成されてきた国境域CSOのネットワークにおけるビルマ族人口増加に伴う変容、を明らかにすることである。それにより、人道支援のプレーヤーとして地域コミュニティが持つキャパシビリティを明示し、またタイ国境域で生活するミャンマー人の社会関係を「支援」の視点から紐解くことを目指す。
 本調査においては、以下のリサーチクエスチョンを設定した。①CSOによる越境を通じた支援はクーデター以降の制約下でいかに実行されているのか、②CSOの活動において少数民族とビルマ族とのエスニシティを超えた連帯は見られるか、の2点である。

IDPキャンプへ運搬する物資を積み込む様子

フィールドワークから得られた知見について

【概要】
 チェンマイもしくはメーソットに拠点を置く18団体(人)を訪問し、聞き取り調査を行った。インタビューはそれぞれ1〜3回程度実施し、IDP支援にあたるCSOの活動への参与観察も行った。
【調査結果】
 ①メーソットでは、国連やINGO等から資金提供を受けた規模の大きなCSOが主導するプロジェクトの実行主体として、㈠タイ警察、㈡国境であるモエイ川に接する村の村長、㈢IDPキャンプリーダー、㈣キャンプ域を管理するEAO、のすべてから活動許可を得ることのできる人脈を持つ人物が代表者であるローカルなCSOにより越境でのIDP支援が実行されている。幾つかの団体は国境域のみならず、マグウェー、ザガイン等の北中部へのモバイルマネーの送金や輸送業者とのインフォーマルな協力を通じた物資輸送なども行う。
 ②カレン族が中心となり活動してきたCSOにクーデター以降新規に流入したビルマ族メンバーが加わるケースは、メーソットで聞き取りを行った5団体のうち2団体で存在した。残る2団体は同時期に流入したビルマ族間でグループを設立し、1団体は新たなメンバーの加入は無かった。活動に際する情報収集や他団体との調整を行うためウェブ上で定例の合同ミーティングを持つ団体の幹部は、「クーデター以前からあったネットワーク外の、とりわけ新しく来た人達を信用するのは難しい」としながらも、「知り合いの団体の紹介でミーティングに参加する新しい団体もある」と話した。
【考察】
 上記から伺えるのは、活動に際しリスクが伴う国境域における「信頼」としての社会関係資本の存在感である。越境活動においては代表者としての個人へ、団体間の繋がりにおいては活動歴としての組織への信頼が、ネットワークの重要な形成要因となる。活動への新規参入においても、問われるのはエスニシティよりも個人の持つ人脈に起因する信頼性であるように思われた。

反省と今後の展開

 今回の調査の反省点としては、まず調査者のビルマ語運用能力の不足から聞き取りの大部分を英語で実施したことである。よって、細かな用語選択のニュアンス、ビルマ語話者同士の会話内容については捕捉することができなかった。また、国連やINGOなどの組織への聞き取りを行えなかったことや、ほとんどがインフォーマルに実施される活動であることから調査依頼を受けてもらえる団体探しが難航し、滞在日数に対して聞き取り数が落ち込んだことも反省点である。今後は、調査地で収集した資料やオンライン上で発行される各団体のレポートなどの分析を行いつつ、今回形成することができたネットワークから調査対象を広げていくことを目指す。

参考文献

 UNHCR Regional Bureau for Asia and the Pacific(RBAP), Myanmar emergency: Regional update <https://reporting.unhcr.org/document/4475>(2023年4月5日)

  • レポート:宮地 葵(2022年入学)
  • 派遣先国:タイ
  • 渡航期間:2023年1月5日から2023年3月14日
  • キーワード:タイ・ミャンマー国境、国内避難民、CSO、人道支援

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