京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

インドの受験産業に関する人類学的研究

FIITJEE の12年生の生徒たち

対象とする問題の概要

 コーチングセンターとは、日本の予備校のような大学受験を目的とした機関である。世界でも有数な受験大国であるインドにおいて、近年コーチングセンターへの需要が急速に高まっている。工科系大学試験に特化したコーチングセンターの生徒たちは、11 年生(高2) からコーチングに入学しホステル (寄宿舎)に住みながら、インドにおいて最も入学が難しいとされるインド工科大学入学に向けて 2 年間を試験勉強のみに費やすといわれている。コーチングセンターの産業化は、生徒に過度なストレスを与え、自殺率の増加を導いているとも指摘されている。他にもコーチングセンターは雇用や格差の問題などインド社会の様々な問題を抱えている。本研究では特に工科系大学試験に特化したコーチングセンターの実態を明らかにすることで、現代インド社会をコーチングセンターという側面から捉えなおすことを目指す。

研究目的

 ラージャスターン州にあるコタ市は街全体がコーチングの街と化しており「エンジニアと医者のためのメッカ」と呼ばれるほどインドにおいてコーチングで有名な街である。また、テランガーナ州ハイデラバード市は毎年 10 万人以上もの生徒がコーチングセンターに通うために集結し、コタと並ぶコーチングニ大都市と言われている。コタは自殺率の増加により、ニュースや先行研究にて取り上げられているが、ハイデラバードに関しては限られた情報しかわかっていない。しかし、ここ数年の工科系大学試験の成繊上位者はハイデラバードのコーチングセンター出身の生徒が占めるなどニュースにて注目され始めている。本調査では、ハイデラバードで有名な工科系大学試験に特化したコーチングセンターであるSri Chaitanya、Narayana、FIITJEE、 Aakashの四つの機関にて、聞き取り調査や資料収集採集を行った。生徒や経営側の語りから、各機関の特徴や実態などを明らかにし、考察を行っていく。

ホステルに住む生徒の唯一の親との連絡手段である固定電話(奥の緑)

フィールドワークから得られた知見について

 今回の調査で特記すべき点は二つある。
 一つ目は、多様性である。今回調査したコーチングセンターすべてがセカンダリー・スクール(日本の高等学校にあたる)と提携を結んでおり、同じ機関でもコースにより多様な形態が存在していた。たとえば、Sri ChaitanyaやNarayanaは事実上学校と化しており、セカンダリー・スクールに通わずにそれらの機関にて卒業認定を取得できる仕組みとなっていた。FIITJEEも上記のようなコースもあれば、セカンダリー・スクールに FIITJEEの先生が工科系大学試験の教科である物理、数学、化学を教えにやってくるというコースもあった。また、どのタイプのコースやコーチングセンターを選ぶかは生徒の出身州や親の意思に基づいているように思われた。
 二つ目は、ハイデラバード市とコーチングセンターの関係である。コーチングセンターに通う生徒や先生、以前通っていた生徒たち約30 人に「なぜハイデラバードがコーチングセンターで有名であるか」を尋ねると、①ハイデラバードにはIT企業が集結し始めておりインド各地から優秀な家族が集まっているため、②アーンドラ地域 (テランガーナ州とアーンドラ・プラデーシュ州の二つ州を指す)はインドの中でも学習に励む文化が昔からあるため、③1980年代に Chakka Ramaiah が始めたコーチングセンターがインド工科大学の合格者を続出させたことをきっかけにコーチングセンターが増えたため、④北インドはコタ、南インドはハイデラバードがコーチングセンターの役割を担っているため、⑤ハイデラバードはメトロポリタンシティであるため、という五つの回答を得られた。①と②に関してはハイデラバードという地域の特有性があり、③はコタも同様に V.K. Bansalという先駆者がおり、ハイデラバードとコタの共通性が見受けられる。①と⑤は、回答者の語りから、ハイデラバードの特有性というより、偶発的にその地域がコーチングセンターの役割を担っただけであり、コーチングセンターという文化がインドにおいて当たり前となっていることを感じた。

反省と今後の展開

 今回の調査では、コーチングセンターとは何なのか、何が起こっているのかという全体像を把握することしかできなかった。今回の調査で収集した資料を基に、今後は問題点を整理し具体的な研究を進めていく。

  • レポート:神﨑 成実(2022年入学)
  • 派遣先国:インド
  • 渡航期間:2023年2月1日から2023年3月17日
  • キーワード:インド、ハイデラバード、コーチングセンター

関連するフィールドワーク・レポート

カメルーンのンキ国立公園におけるカメラトラップを用いた 食肉目の占有推定

対象とする問題の概要  食物網の高次消費者である食肉目は、草食動物の個体数調整などの生態学的機能を通じて、生物多様性の高い森林構成維持に関わる生態系内の重要な存在であるが、近年世界各地で食肉目の個体数減少が報告されており、その原因究明と保全…

マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における保全政策と地域住民の生業活動(2019年度)

対象とする問題の概要  植民地時代にアフリカ各地で設立された自然保護区のコンセプトは、地域住民を排除し、動植物の保護を優先する「要塞型保全」であった。近年、そのような自然保護に対し、地域住民が保全政策に参加する「住民参加型保全」のアプローチ…

マダガスカル北西部アンカラファンツィカ国立公園における 外来食肉目の生態系への影響

対象とする問題の概要  マダガスカルの生態系は、豊かな生物多様性と高い固有率に象徴される。近年、マダガスカルにおいて、イヌ(Canis familiaris)、ネコ(Felis catus)、コジャコウネコ(Viverricula indi…

島根県津和野町のカワラケツメイ茶の生産をめぐる 自然条件の適合性と歴史

研究全体の概要  島根県津和野町では、マメ科の草本性植物であるカワラケツメイ(Chamaecrista nomame (Makino) H. Ohashi)を材料とした茶葉が生産されている。元来カワラケツメイは河原の砂地や道端また森林の緑辺…

現代トルコにおける新しい資本家の台頭とイスラーム経済

対象とする問題の概要  本研究では、アナトリアの虎を中心的な研究対象とする。アナトリアの虎という用語は、1980年代以降に、トルコにおいて経済的な側面で発展してきた地方都市やその台頭を支えた企業群を指して用いられる。そうした企業群の特徴とし…

インド指定部族の社会移動への意識とその実践/タミル・ナードゥ州指定部族パニヤーンを事例に

対象とする問題の概要  これまでインド政府は貧困問題を解決するために様々な政策を実施してきた。その成果はある程度認められるものの、依然として多くの貧困層を抱えており、貧困削減はインド社会において重大な社会問題として位置づけられている。なかで…