京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

キャッサバ利用の変化と嗜好性からみるタンザニアの食の動態

上:makopaと呼ばれる乾燥キャッサバ(左上:kivunde, 右上:nyange)
下:キャッサバ粉のみを利用したウガリ(左下:kivundeのウガリ, 右下:nyangeのウガリ)

対象とする問題の概要

 キャッサバは中南米原産の根菜作物であり、現在世界中でさまざまに加工・調理され食べられている。タンザニアでもキャッサバはトウモロコシやコメとならんで最も重要な主食食材の1つである。キャッサバを主食としていない地域でも、生の芋を茹でたり、焼いたり、揚げたりしながら軽食・間食として頻繁に利用するほか、最近では穀物を原料とするウガリ(デンプン粉を熱湯で練った固粥)の食味をよくするためにキャッサバ粉を添加するような調理方法も広くみられるようになっている [De Groote et al. 2020; Malimi et al. 2018]。
 しかし、品種、加工、調理によって多様化する味のバリエーションが、実際の食生活でどのように意識され、使い分けられているのか、またキャッサバのどういう点がタンザニアの人びとにとって評価されているのかはよくわかっていない。

研究目的

 報告者は、タンザニアにおいてキャッサバの主要な生産地であり消費地でもあるキゴマ州において、家庭におけるキャッサバの利用の実態とその多面性がもつ意味について検討することを本研究の目的とした。具体的には、人びとの嗜好性と、食生活及びキャッサバが持つ特性との関係を明らかにするために、地域住民がウガリをはじめとしたキャッサバ料理をどんな特性故に評価しているのかについて調査した。キゴマ州はタンガニーカ湖の北東岸に位置し、湖の反対側のコンゴ民主共和国や、隣接するブルンジ共和国から移ってきた人たちも多く、地域の食文化も周辺国の影響を強く受けている。キャッサバ料理もその一つと言ってよいだろう。また、2019年の統計では、キゴマ州はタンザニア最大のキャッサバ生産地域でもある [Ministry of Agriculture 2020]。
本調査では、キゴマ州において市場や畑、家庭でキャッサバの利用・調理に関する参与観察、聞き取りを行った。特に、家庭での多様な調理の観察・記録に重点を置いた。さらにウガリの調理時におけるキャッサバ粉の利用法に着目し、参与観察、住民への聞き取り調査と粘弾性測定器などを用いた物理性の計測を行った。

キゴマ州で確認された様々なキャッサバ料理とおかずのダガー(小魚)の干物を炒めたもの

フィールドワークから得られた知見について

 本章では、キャッサバ芋を利用した調理法も数多く見られたが、主にキャッサバの生成澱粉の利用に着目して述べる。
1.生成澱粉の概要
 キゴマ州には、毒抜きの工程の違いにより3種類の生成澱粉が存在する。1つ目が皮むき後、数日間浸漬(嫌気発酵)し、乾燥・粉砕して作るkivundeである。色は白く、少し発酵臭があるが、大半の住民が利用するキャッサバ澱粉の中で最も主流の種類である。2つ目は、nyangeである。皮むき及び2日間の日干し後、葉や穀物袋等でキャッサバを覆い数日間放置(好気発酵)して乾燥、表面に付着したカビを取り除いて粉砕して作る。発酵による独特のにおいを持ち、色が黒いことから人びとの中でも好き嫌いが分かれる種類である。しかし、nyangeの方が栄養価が高いためkivundeよりも好きだと述べる住民も存在した。3つ目は、皮むき後、そのまま完全に乾燥するまで日干しするkibadiである。Kibadiは現在、市場等で観察されることが少なく、知らない住民も少なくない。認知している住民も、“kibadiは甘さが残るため、白く栄養価は高いと言われるものの、主食としては味が適さずあまり好まない”と答える人が多く見られた。
2.キャッサバ澱粉のウガリ調理時における利用
 地域の人びとは、キャッサバ澱粉のみでウガリを調理することもあるが、トウモロコシ粉にキャッサバ粉を添加物として10分の1~4分の1の量加えて利用することも少なくない。トウモロコシの粉のみのウガリと比べて、キャッサバ粉を加えると風味が変化するだけでなく、柔らかくなり喉の滑りが良くなる、手でこねる際に手に粘り着かない、乾燥が抑えられるなど、ウガリを熱いうちに手でこねて食べ、“ウガリは噛むものではなく飲むもの”と表現するタンザニア人の食べ方にふさわしい状態になることが分かった。

反省と今後の展開

 今回の調査では、スワヒリ語の習得・基礎調査から始まった。そのため、前提の知識としてキゴマ州の人々の文化・食生活の概略を理解するのに時間を要した。調査が行き詰まることも多々あったが、意識的に多くの意見を取り入れようとつとめ、接した現地の人びとからに多くの教示を得て、調査に協力してもらうことができた。ただ、今回は初めての渡航であるため、キャッサバの特性を測る実験や食味試験など、個々の調査の精度が劣っていることが反省点として挙げられる。今後は、今回の調査で知ることのできた現地の状況を踏まえた調査が可能となるため、より精度の高い実験・調査計画を心がけていきたい。

参考文献

 De Groote, H.et al.2020 Consumer acceptance and willingness to pay for instant cereal products with food to food fortification in Eldoret, Kenya, Food and Nutrition Bulletin 41(2): 224-243.
 Malimi, K.E., Ladislaus, K.M., Grace, M.N., Elifatio, T, Cypriana, C. 2018. Acceptability assessment of ugali made from blends of high quality cassava flour and cereal flours in the lake zone, Tanzania, Asian Food Science Journal 2(1): 1-11.
 Ministry of Agriculture. 2020. National Cassava Development Strategy (NCDS) 2020-2030. Dodoma, Tanzania.

  • レポート:中尾 仁美(2021年入学)
  • 派遣先国:タンザニア連合共和国
  • 渡航期間:2022年8月2日から2023年3月3日
  • キーワード:東アフリカ、食文化、キャッサバ、トウモロコシ、ウガリ

関連するフィールドワーク・レポート

人新世のイスラーム世界におけるムスリムの環境観と環境実践――エコ・モスクを事例に――

対象とする問題の概要  近年、地球環境問題の深刻化を受け、イスラームの教義を取り入れた環境保護活動が活発化している。2億人以上のムスリム人口を持つインドネシアは、環境問題の文脈に即した新しいイスラーム理解を展開している。この新たなイスラーム…

タンザニア半乾燥地域における混交林の形成と利用に関する生態人類学的研究

対象とする問題の概要  市場経済の影響を強く受けるようになったタンザニアの農村では、現金収入を目的とした農地開発が林の荒廃を加速させている。森林面積減少の深刻化を受け、これまでに多くの植林事業がタンザニア各地で実施されてきたが、複雑な土地利…

長期化難民/移民に対する援助と地域社会の形成――タイ・ミャンマー国境地帯を事例として――

対象とする問題の概要  2021年以降、ミャンマーでは170万人以上がIDP[1]として国内での避難を余儀なくされている[2]。タイ国境においては歴史的に、国際的な人道支援アクセスが制限されるミャンマーへの「国境を越えた支援」が草の根のCS…

ブータンにおける女性の宗教実践とライフコースの多元性

対象とする問題の概要  南アジア社会における女性研究では、世俗としての家族と現世放棄としての出家という二項対立的な女性のライフコース選択は自明のものとされてきた。特に、女性のセクシュアリティは危険なものとされ、家族や宗教といった制度によって…

タナ・トラジャの棚田における耕作放棄の利用について 水牛飼料の草地に着目して

対象とする問題の概要  現在日本国内において、特に平野部が少なく生産効率性の低い中山間地域にて耕作放棄地の増加が問題となっている。中山間地域では山々の斜面上の棚田において米を生産することが多いが、その棚田の耕作放棄地化が増加している。耕作放…