京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ナミビアにおける女性のライフコースの変遷――ジェンダー平等実現への取り組みに着目して――

AUALA 地域図書館 外観

対象とする問題の概要

 本研究は、ナミビアにおける女性のライフコース[1]の変遷を、同国が実施しているジェンダー平等実現に向けた取り組みに着目して明らかにするものである。1990年に独立したナミビアでは、憲法第10条で性別によるあらゆる差別を禁止しているほか、1996年には夫婦同権法案が成立するなど積極的な取り組みを行なっている。しかし、今日の法律は女性の平等を保証しているが、ほとんどの女性の生活実態はこの理想にほど遠い[Anene 2011]といった法律と現実の乖離を指摘する声もある。
 本研究では国民の約半数を占めるエスニックグループ、オヴァンボを事例にあげる。オヴァンボは成女儀礼や一夫多妻婚といった伝統的慣習をもつ母系社会で、18世紀以降の植民地支配や19世紀以降の宣教団による布教活動など外部から大きな影響を受けた。このように、伝統的慣習と先進的憲法とが共存する今日のオヴァンボ社会では、結婚、出産などに対する認識も変容し、世代ごとの差異が想定される。


[1] ライフコースとは、年齢分化された生涯を通じての経路、すなわち出来事の時機、期間、間隔、および順序における社会的パターンである[Elder 1978]。

研究目的

 本研究の目的は、これまであまり注目されてこなかった個々の女性のライフコースをジェンダー平等への取り組みから検討することである。①独立前から現在に至るまで、女性が結婚・出産などをどのように捉え、自らのライフコースをどのように創出・選択しているかの変遷と、②ジェンダー平等実現に向けた法や政策が現地の人びとにどのように認識され、地域社会でどのように作用しているかを明らかにする。
 主たる調査方法は、現地新聞や憲法・慣習法に関する文書の収集・分析とインタビューや参与観察である。今回の渡航では主に①にかんするデータを集めることを目的に、20代から60代の女性各5名、計25名にライフヒストリーの聞き取り調査を行う。
 本研究ではジェンダー平等に関して先進的な国の規範と必ずしもそれに沿っていない生活実践に焦点を当てることで、従来のアフリカにおけるジェンダー研究とは異なる視座の提供を目指す。

ナミビア福音ルーテル教会(ELCIN)外観

フィールドワークから得られた知見について

 今回の渡航では、資料収集とライフヒストリーの聞き取り調査を実施した。
資料収集は、首都にある国立図書館・資料館と北部オニパの AUALA[2]地域図書館にて行った。ここでは地域の歴史を知る一助となる貴重な資料を収集することができた。
 聞き取り調査から得られた知見の中で、ここでは女性の結婚観やその選択にかんする語りの一部を引用して考察する。今回、報告者がインタビューを行った既婚女性の大多数が、配偶者と村や学校などで出会い、交際を始め、結婚に至っている。「私の両親はキリスト教徒で、彼らは私に自分の望む相手と結婚する自由を与えてくれた。」という語りから、当人間の意思に基づいて恋愛結婚していることが明らかになった。
 また、6年間交際しているパートナーをもつ33歳の女性に結婚の予定について尋ねたところ、「私たち(オヴァンボ)の文化では、女性からプロポースすることはほとんどない。女性は(結婚の決定)権利がないとされていて、それを時に悪く感じる女性もいる。私もときどきそう思う。」と語った。このように、現代でも結婚の決定権は男性がもつ場合があり、そのことに不満を抱く女性や疑問視する女性も存在する。
 また、報告者がインタビューを行った20〜30代女性計10人のうち未婚女性は9人だった。その内訳は、無職の人から経済的に自立した専門職に就く人までさまざまであったが、共通して「家族などに結婚について言われたこと(急かされたこと)はない」と語った。中には、「結婚はしたいけれど、仕事の方が優先順位は上。適切な人がいたら(結婚したい)。」と話す女性もいた。
 以上のようにライフヒストリーの聞き取りからは、結婚に至るまでの出会いや交際は当人同士の自由な選択のもと行われている一方で、結婚に対する決定権は男性がもつ傾向や仕事を優先する女性の結婚観など現代のオヴァンボ女性を取り巻く結婚の状況が明らかになった。


[2] オニパ出身で、ELCIN初のナミビア人ビショップであるAuala Leonardにちなんで名付けられた。

反省と今後の展開

 今回のインタビューでは、学歴・結婚歴・職業などを問わずランダムで協力者を選定したため、幅広い語りを収集することができた。しかし、ライフコースの比較・分析には、今後、細かい条件を設定した上で協力者を募集し、さらに多くのデータを集める必要があるだろう。また、個々のライフコースにはキリスト教の影響が色濃く反映されている一方、今回の調査では慣習法や憲法などの規則、またはそれらによる制約を語る者はいなかった。今後は、教会が地域の女性のライフコースにどのような影響を与えたか注目しつつ、研究目的②にかんする聞き取り調査も行い、統合的に分析を行いたい。

  • レポート:渡邉 麻友(2023年入学)
  • 派遣先国:ナミビア共和国
  • 渡航期間:2023年8月6日から2023年11月4日
  • キーワード:女性、ライフコース、ジェンダー平等、ナミビア

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