京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における保全政策と地域住民の生業活動(2018年度)

アンカラファンツィカ国立公園内の水田風景

対象とする問題の概要

 植民地時代にアフリカ各地で設立された自然保護区のコンセプトは、地域住民を排除し、動植物の保護を優先する「要塞型保全」であった。近年、そのような自然保護に対し、地域住民が保全政策に参加する「住民参加型保全」のアプローチが各自然保護区で始まっている。
 マダガスカル北西部に位置するアンカラファンツィカ国立公園は、政府によって施行されたCode de Gestion des Aires Protégées(COAP:保護区管理法)に沿って、Madagascar National Park(MNP:国立公園局)の管理下におかれた保護区である。住民参加型保全をめざした同国立公園には6ヵ村の集落が存在し、保護区域内で日常的な生業活動が営まれている。しかし保護区域内における住民の暮らしに焦点を当て、地域住民の生業や公園管理者との関係に着目した環境保全学的研究はまだ不十分である。

研究目的

 アンカラファンツィカ国立公園内の1ヵ村、アンブディマンガ村に滞在し、おもに2項目の調査を実施した。
 ひとつめは、地域住民の営む生業活動の調査である。住民・保護区管理者への聞き取りにもとづき、GPSによって農地の面積を計測するとともに、保護区域と住民の生活圏の境界線を測量した。また、地域住民への聞き取りおよび参与観察によって、栽培される作物と農事暦の作成、採集される野生植物の種類と季節を調査した。ふたつめは国立公園における保全政策の歴史に関する調査である。おもに国立公園オフィスでの資料収集によって保全政策の歴史、保護対象となる動・植物の種類、ゾーニング計画のデータを収集した。同時に住民を対象とした保全政策については、村落の住民に対してインタビューを実施した。
 住民参加型保全を実施する国立公園と、その内部で生業活動を営み生活する地域住民の、共生のあり方を明らかにすることを調査の目的とした。

雨季の到来によって氾濫原となった休耕地

フィールドワークから得られた知見について

 1927年アンカラファンツィカにおいて保護区が設置されて以降、区内に暮らす住民は保全政策による制約のもと、日常の生業活動を続けてきた。今回の調査では、彼らの生業活動のなかでも、コメに関する生産・消費活動に焦点をあてた。コメは住民にとって重要な主食材料であり、主要な現金収入源でもある。3ヵ月にわたる現地調査では、11月に播種が始まる雨季稲作をめぐる生産活動を調べた。とくに、水田の所有と貸借、売買、収穫後のコメの消費や販売などを調べるなかで、住民と国立公園の関係を徐々に理解することができた。保全政策の調査については、アンカラファンツィカ国立公園局における聞き取り調査とともに、首都の公的機関において資料収集を実施したが、いまだその全容の理解には至っていない。調査前の文献調査では知りえず、これからの調査において重要と考えられるのは以下の3項目である。
 ① アンカラファンツィカの6か村を、当地域の主要民族であるサカラヴァを中心とした村落であると考えていたが、彼らの多くがサカラヴァではなく、多民族の移住者であった。保護区内に村落が存在し、生業活動が大規模に実施されていることには、彼らの移住が保護区設立よりも早かったことが背景にある。
 ② 地域住民は保全政策によって虐げられ、生活を圧迫されているのではないかと考えていたが、彼らの多くは政策を利用して余剰生産を産み出す生活を送っていた。住民のなかには保護区のツーリストガイドなど、保全によってうまれる雇用に就業し、また政策によって外部の資本や住民から土地や作物が守られていた。
 ③ 過去マダガスカルの森林は国土の90%を占めていたといわれるが、現在では15%未満に減少している。その影響をアンカラファンツィカでも観察することができた。保護区境界ちかくにおいては焼畑が開墾され、保護区を流れる河川においても上流での伐採による土砂流出が発生し、大量の土砂が堆積していた。

反省と今後の展開

 今回の渡航では、生業活動が一年のサイクルであることを実感する場面が多く、3ヵ月の現地調査では限界を感じ、また保全政策に関する文献の収集においてはその難しさと、さらなるマダガスカル語の熟練が不可欠であることを痛感した。
 次回の渡航では乾季作の最中である6月から渡航し、生業活動とともに保全政策についてより詳しい理解に努めることを目標としたい。前項において特筆した①と②、③について、①ではマダガスカルにおける民族誌の調査が重要である。1896年から始まるフランス植民地時代に前後して、各地で多くの移住があったとすでに歴史書において記述されており、今後は各民族の動向について詳しく理解することが必要である。②では、調査地におけるさらなる聞き取りを実施する。③については、首都において過去の航空写真や衛星写真を収集し、近年における急速な森林減少を経時的に理解することが必要である。

参考文献

【1】Madagascar National Park. 2017. PLAN D’AMÉNAGEMENT ET DE GESTION-Plan quinquennal de mise en œuvre 2017-2021-.Madagascar National Park.
【2】山岸哲1999.「マダガスカル島とその自然」『マダガスカルの動物:その華麗なる適応放散』裳華房,1-19.

  • レポート:山田 祐(平成30年入学)
  • 派遣先国:マダガスカル 共和国
  • 渡航期間:2018 年 11 月 2 日から 2019 年 1 月 27 日
  • キーワード:マダガスカル、稲作、森林破壊、環境保全

関連するフィールドワーク・レポート

ニジェール国ニアメ市における 家庭ゴミの処理と再生

対象とする問題の概要  ニジェールの首都ニアメでは2019年7月のアフリカ連合総会など国際イベントに合わせてインフラ整備が急速に進んだ。首都の美化は政治的優先課題に位置づけられ、政府が主導する大プロジェクトとなり、街路に蓄積していた廃棄物は…

動物園における動物展示の意図と来園者の動物観に与える影響についての研究

研究全体の概要  動物園は様々な展示を通して来園者の動物観形成に影響を与えうる。本研究では動物が柵や檻などの中で展示されている通常展示、来園者と動物との間に檻などがないウォークイン展示、来園者が動物に触れることのできるふれあい展示など、様々…

人新世のイスラーム世界におけるムスリムの環境観と環境実践――エコ・モスクを事例に――

対象とする問題の概要  近年、地球環境問題の深刻化を受け、イスラームの教義を取り入れた環境保護活動が活発化している。2億人以上のムスリム人口を持つインドネシアは、環境問題の文脈に即した新しいイスラーム理解を展開している。この新たなイスラーム…

エチオピア西南部高地における日用具と生活文化の保全に関する地域研究

対象とする問題の概要  エチオピア西南部の高地に住むアリの人びとは、バルチモアと呼ばれる木製の3本足の椅子を日々の生活で利用している。調査対象にしたジンカ市T地区に生活する人びとは、バルチモアだけではなく、プラスチック製椅子や複数の素材を組…

日本の窯をつかった炭焼きの実態とその製炭技術 ――能勢菊炭を事例に――

研究全体の概要  タンザニアで調理用燃料として使用されている木炭は、国内の広い地域で共通したやり方で生産されている。当地の炭焼きは日本のように石や粘土でつくられた窯を使うのではなく、地面にならべた木材を草と土で覆って焼く「伏せ焼き」という方…