京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

世界遺産白川郷における現代相互扶助制度

住民組織・青年部による外来植物除去作業

研究全体の概要

 近年、農村地域の都市化やグローバル化が急速に進み、相互扶助といった人々の共助は失われつつある。そもそも相互扶助という村落慣行は、世界各地の農村地域で古くから行われてきた労力交換や共同労働を指す。白川村荻町には「結」という言葉に代表される相互扶助があり、主に合掌造り家屋における屋根の葺き替え時の労力交換を指す言葉として用いられてきた。しかし現在では、荻町における人々同士の助け合いの心を指す言葉として用いられる場合が多々見受けられる。さらに、本調査地では組制度も存続しており、組内で行われる共同労働を「人足」と呼んでいる。本研究の目的は、現在、白川村荻町における地域住民間の労力交換、共同労働の実態と、彼らがそれら相互扶助行為とその精神をどのように生活の中に位置づけているのかを明らかにすることである。

研究の背景と目的

 インドネシアにおける古くからの村落慣行として「Gotong Royong(ゴトンロヨン)」がある。元来ジャワ島農村部における慣習を指し、二十世紀初頭から相互扶助の意味で広く用いられてきた。その背景として、日本占領期に農村統治システム「隣組制度」の導入を正当化する用語として多用され、初代大統領スカルノによって国民統合の象徴として演説等で多用されたことがある。このようにゴトンロヨンは国家的な枠組みに組み込まれ、政治的な思惑とともに農村へと導入された。地域住民が日常生活の中でどのような行為をゴトンロヨンと呼び、どう生活に役立てているのかを明らかにすることが大きな目標である。本研究における白川村調査は、日本に現存する相互扶助的行為の中に、インドネシア農村部におけるゴトンロヨンとの共通点を探るものである。住民の生業変化や観光地化過程に着目することで、相互扶助が存続する要因を解明する。

改築を祝って行われた近隣住民への餅撒き

調査から得られた知見

 白川郷として知られる白川村荻町では、合掌造り家屋の屋根の葺き替えにおける「結」という相互扶助はよく知られている。結とは金銭や物の貸し借りを介すことない長期にわたる労力の貸し借りのことである。本来結というのは、屋根の葺き替えにのみ機能していたものではなく、田植えや稲刈りという農業の場面でも機能していた。しかし現在では、合掌家屋を持つ地域住民で組織される合掌保存組合のメンバーによって年に1度結が行われているのみである。しかし、その作業でも専門の茅葺き職人が担う役割が大きく、結が全てを行うわけではない。また、本調査地で残存する共同労働として「人足(ニンソク)」というものがある。荻町は7つの近隣組(東上、東下、中屋、西上、西下、橋場)に分かれており、それぞれの組は月に1回寄り合いを開き、組のリーダーである伍長から情報伝達がなされる。その組における仕事を「人足」と呼び、神事にまつわる仕事と村の維持・管理における仕事に大別される。神事にまつわる仕事は7つあり、鈎取り、池掃除、旗倒し、旗立て、サカキ切り、境内掃除、縄ない、である。それらは1年ごとに組で輪番する。また、人々の人足における作業は時代とともに変化している。近年における大きな変化といえば、冠婚葬祭の儀が挙げられる。かつては当人の親類と組の者が婚礼と葬礼の準備から振る舞い、婚礼に至っては披露される伝統芸能まで行っていたが、ここ10年ほどでは外注がなされている。さらに組の役割として大きなものは、各組内で各住民組織の役を選出することにある。上述した合掌家屋保存組合、公民館委員、氏子総代、漁業組合総代など多岐にわたる。戸数が少ない組では一部免除されるものもある。しかし1人複数役を持つ人も少なくなく、そのためメンバーが重複している住民組織が多くあることも特徴の一つといえる。

今後の展開

 本調査から、組内の共同労働である「人足」がどのような機能を持ち、地域住民の生活に位置づけられているのかが明らかとなった。白川郷が世界遺産となり、労力交換を指す結が認知されていった一方で、生活の基盤となる相互扶助としては人足の方が大きな影響を持っている。今回の調査では冠婚葬祭における儀礼のような、現在行われなくなった相互扶助行為について聞き取り調査を通して詳細に明らかにすることができた。しかし、現在も存続する神事に関する人足や村の維持・管理に関する人足については、どのように変遷を辿ってきたのかに関しては明らかにすることが出来なかった。そのため引き続き幅広い世代を調査の対象とし、かつそれが人々の生業の移り変わり、あるいは観光地として確立してきた時代背景と踏まえて分析していきたい。

参考文献

 2011.「白川郷荻町集落の自然環境を守る住民憲章制定・守る会結成40周年(重要伝統的建造物群保存地区選定35周年)記念誌 白川郷荻町集落40年のあゆみ~先人に学び、感謝し、次代につなぐ~」白川村教育委員会.

  • レポート:奥田 真由(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)岐阜県大野郡白川村荻町
  • 渡航期間:2021年7月5日から2021年10月1日
  • キーワード:村落慣行、相互扶助、共同労働、組制度、町内会

関連するフィールドワーク・レポート

ミャンマーの茶園地域における持続的植生管理及び植物利用に関する研究/ミャンマー・タイ・ラオス茶園地域概査

対象とする問題の概要  ミャンマーの森林は減少・劣化の一途をたどっており、特に森林減少・劣化が激しい地域における森林保全対策の検討が喫緊の課題となっている。本研究では、下記の点に着目し、保全対策立案にむけて課題に取り組む。 1. 特に森林減…

現代インドネシアにおける社会変容とイスラームの知の担い手/イスラーム的市民社会論の観点から

対象とする問題の概要  インドネシアのイスラームは、人類学者Martin van Bruinessenが「保守転化」と呼んだように、民主化以後その性質を大きく変化させた。この「保守転化」は、インドネシア社会における民主化や市場化、グローバル…

木炭生産者における樹木伐採の差異 /タンザニア半乾燥地の事例

対象とする問題の概要  タンザニアにおいて、木炭は主要な調理用エネルギーであり、農村部の人々の貴重な現金収入源である。森林資源の枯渇は1970年代から問題視されるようになり、以降、木質燃料と森林面積の減少を関連付けた研究が世界各地で実施され…

日本の窯をつかった炭焼きの実態とその製炭技術 ――能勢菊炭を事例に――

研究全体の概要  タンザニアで調理用燃料として使用されている木炭は、国内の広い地域で共通したやり方で生産されている。当地の炭焼きは日本のように石や粘土でつくられた窯を使うのではなく、地面にならべた木材を草と土で覆って焼く「伏せ焼き」という方…

DRコンゴ・ボノボとヒトの共生の場の人類学的研究

対象とする問題の概要  本研究の調査地であるワンバ(Wamba)周辺地域およびバリ(Mbali)地区は類人猿ボノボの生息域である。ワンバ周辺地域では1970年代からボノボの調査がはじまり、内戦時の調査中断とその後の再開を経て、現在までおよそ…

木材生産を目的とする農林複合の可能性 /タンザニア東北部アマニ地域を事例に

対象とする問題の概要  アフリカ諸国では、高い経済成長を遂げたことで、人口が急激に増加している。家屋を建てた後に人々が求めるものは、ベッドやソファなどの家具であり、その材料には耐久性の優れた天然の広葉樹が用いられてきた。しかし、天然林への伐…