京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

教会における女性牧師の位置づけ――ナミビア福音ルーテル教会(ELCIN)を事例に――

写真1  ELCIN オンドゥクタ教会の祭壇

対象とする問題の概要

 宗教の現場で起こっているジェンダーの問題は多種多様であるが、最も歴史が長く、最も根本的なものは「女性は聖職者になる資格を有するか」という問いであり、「聖職者のほとんどは男性」という状況が今日まで続いている [薄井 2004]。本研究の調査地であるナミビアは、国民の約90%がキリスト教徒であり、その中でも最大教派であるELCINでは、1992年に最初の女性牧師が誕生し、2023年現在159人の牧師のうち約40%の64人が女性である。女性牧師の割合が全体の22%を占めるに過ぎないジンバブエのルーテル教会や、2021年に初めて女性牧師が誕生したマラウイのルーテル教会と比較すると、ELCINにおける女性牧師の割合は突出して高く、極めて特異な状況である。ナミビアにおける先行研究では、教会史の一部として初期の女性牧師について断片的に記されてきた [Buys and Nambala 2003]が、女性牧師増加の背景や現在の教会のジェンダー構造は明らかにされていない。

研究目的

 本研究は、男性牧師および女性牧師による経験の語りを手がかりに、女性牧師増加の背景と彼女たちの位置づけを明らかにすることを目的とする。本渡航では、ナミビア北中部のオニパを拠点に、文献収集、インタビュー調査、参与観察を行った。オニパは1872年にフィンランド伝道協会によりミッションステーションとして設立された町で、現在はELCIN本部や東司教区の事務所がおかれている。文献収集は、ELCINの公文書保管所と印刷所に併設された書店にて行った。聞き取り調査は、男性牧師16名(うち1名は引退した監督[1])と女性牧師14名を対象に、各インタビュー協力者が務める教会(たとえば、写真1、2)にて半構造化インタビューを実施した。参与観察として、家庭内での性別役割分担を把握するために牧師夫婦であるH家で生活したほか、女性牧師を対象に仕事内容を観察および記録した。


[1] ルーテル派を含むプロテスタント教会における聖職者の最高位であり、英語ではBishopを指す。

写真2  ELCIN エカンバ教会の外観

フィールドワークから得られた知見について

 ここでは現在のELCINにおける女性牧師の位置づけに焦点を当てて記す。はじめに、1992年に初めて女性牧師が按手されてから現在にいたるまでのELCIN教会法の変遷を考察した。その結果、女性按手[2]承認以前の教会法第79条には、牧師になるための条件として、「24歳以上の男性」と記されていたことが明らかになった。それ以降に教会法は2度改正されたが、現在は(たとえば女性の活躍を推進することを目的とした、上級職に女性を配置するシステムなども含めて)ジェンダーにかんする制度や規定はないことが明らかになった。つぎに、牧師が現在の教会のジェンダーバランスや女性牧師の地位をどのように捉えているか聞き取りを行った。すると近年は女性の管区長[3]が増えていることが女性牧師の活躍を示すと感じる牧師が複数いた。実際、現在21の管区(うち1菅区は管区長不在)のうち半数の10管区は女性が指導している。これは、ジェンダーにかかわらず、個人のリーダーシップ力や人柄によって選出されるという。その一方で印象的だったのが、男性牧師による女性牧師への評価である。たとえば、「女性牧師は共感性が高く、牧会カウンセリングに長けている」「女性は家庭で母としての役割を担うため、信徒に対しても面倒見がよい」といった女性の共感性や母性を評価する意見があった。
  以上のように、近年は管区長などの上級職に就く女性牧師が増えており、牧師個人の認識でも、男性牧師と同等もしくは実力次第でそれ以上の地位に位置づけられていることが明らかになった。このような「性別に関わらず能力ある個人を評価する動き」と「女性らしさが評価される状況」の共存が、父権的な伝統をもつキリスト教会の文脈でいかにして可能になるのか、どう作用するのか今後さらなる分析を進めたい。


[2] 牧師としての職位の付与を指す。
[3] 近隣の5~10の教会を監督する役職で、同じ管区の牧師からの投票で1人選出される。

反省と今後の展開

 本渡航における反省として2点挙げられる。まず、インタビューの質問表に改善の余地がある。インタビューを進めていく中で、質問のニュアンスが伝わりにくいものが含まれていると感じたほか、質問の順番を入れ替えた方が会話の流れが良くなると気が付いた。そのため次回調査では、質問表の作成時から対象者との会話を想定して綿密に計画したい。2点目は、報告者の現地語(Oshiwambo)運用力により、得られる情報が限られてしまったことである。とくに、教会会議の記録をはじめとする資史料の多くは現地語で記されていることがわかったので、現地語の読解力向上を課題としたい。
 今回の調査では、ELCINにおけるジェンダーバランスの現状を中心にデータを収集した。今後は上述した教会資史料を整理しながら当時を知る引退牧師や監督にもインタビューを行い、1992年前後の状況を解明することで、ELCINにおけるジェンダー構造を通時的に考察していきたい。

参考文献

 Buys, G. L. and S. V. V. Nambala. 2003. History of The Church in Namibia, 1805—1990: An Introduction. Windhoek: Gamsberg Macmillan.
 薄井篤子. 2004.「「女性の叙階」をめぐる問題:日本聖公会の場合」『宗教研究』77 (4): 442-443.

  • レポート:渡邉 麻友(2023年入学)
  • 派遣先国:ナミビア共和国
  • 渡航期間:2024年7月1日から2024年9月27日
  • キーワード:プロテスタント教会、ジェンダー、女性牧師

関連するフィールドワーク・レポート

高知県安田町における闘鶏文化の維持とその継承

研究全体の概要  高知県安芸郡安田町では毎年6月から翌年12月にかけて、毎週日曜日に闘鶏大会(以下:大会)が開催されている。同地域では明治時代から現在に至るまで愛好家によって軍鶏の飼養が盛んに行われている。闘鶏は地域おこしの一環として行政の…

2022年度 成果出版

2022年度における成果として『臨地 2022』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2022』院⽣臨地調査報告書(本文,12.5MB)ISBN:978-4-905518-39-6 発⾏者京都…

新潟県十日町市の里山保全活動と狩猟実践

研究全体の概要  日本では、狩猟はかつて各地の里山で副次的に行われ、一部の地域では獣肉が貴重なたんぱく源であった。戦後から現代にかけて、労働形態の変化、畜産業の増加、農村から都市への人口流出などにより、現在生業としての狩猟は殆ど機能しなくな…

現代イランにおけるイスラーム経済/ガルズ・アル=ハサネ基金を事例に

対象とする問題の概要  イランの金融制度は1979年のイスラーム革命に伴い、全ての商業銀行が無利子で金融業務を行うイスラーム金融に基づくものとなった。イスラーム金融は1970年代に勃興して以来成長し続けている反面、中低所得者の金融へのアクセ…

開発がもたらした若年層の価値観の変化について―インド・ヒマーラヤ ラダックを事例に―

対象とする問題の概要  ラダックはインド最北部に位置する、4000m-8000m級の山々に囲まれた高標高、乾燥地帯である。このような地理的特徴から、ラダックに住む人々は伝統的に、互いに協力し合い、自然資源や動物資源を持続可能な形で利用し生活…