京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

「多民族国家マレーシア」における冷戦と独立の記憶と表象

写真1 マラヤ大学校舎の一角

対象とする問題の概要

 本研究は 1948 年の非常事態(Malayan Emergency)に計画的に形成された「新村(New Village)」が各民族によってどのように記憶、表象されるのかを文献およびインタビュー調査を通して、マレーシアにおける脱植民地化と冷戦の歴史の影響を国家中心の視点から、よりローカルな視点に立ち、捉えなおす。新村は自然発生的な集落ではなく、イギリス当局がマラヤ共産党の武装闘争を「鎮圧」するために人為的に作られた村である。強制移住によって形成された新村の目的は華人住民のマラヤ共産党への支援を切断することにあった。特に、近年において一部の新村は少子高齢化、人口流出などの要因によって人口構成が大きく変化した。また、そういった人口構成との因果関係においては更なる調査が必要だが、新村の文化遺産登録に向けた動きが引き起こした政治的争論は「国家の視点」および歴史認識との関係からも再考に値する。

研究目的

 本研究の目的は新村の歴史だけでなく、その現状をも把握し、国家との関係性を明らかにすることである。独立国家マレーシアを脱植民地化と冷戦の歴史的文脈で捉えなおすことで、国家としてのマレーシアの民族中心主義的な記憶の管理を逆照射すると同時に、マレーシアのオルタナティブな歴史叙述を提示する。新村に関する諸集団の記憶と表象を探るために、「記憶装置」またはアルチュセールの言葉を借りるならば「イデオロギー装置」の一つである博物館でフィールドワークし、関係者にインタビュー調査を実施する。博物館を国立のものと民間のものに分類し、それぞれの博物館が新村、非常事態ひいては冷戦の歴史をどのように捉えたのかということを考察する。また、教科書、新聞記事や歴史文献などの活字情報も非常に重要であり、リソースセンター、出版社にも足を運び、文献の収集と調査をする。

写真2 GerakBudaya書店の入り口

フィールドワークから得られた知見について

 フィールドワークから得られた成果について、①マレーシアおよび新村に関する歴史的認識・歴史叙述、②新村の現状に関する情報、③新村に関する社会的・知的文脈に関する情報という三点に分けて記したい。
 まず①に関しては、マレーシア国立博物館、マレーシア華人博物館とSungai Way New Village Museumに足を運んだ。三つの博物館とも首都クアラルンプールかその近郊に位置する。マレーシア華人博物館はマレーシア中華大会堂総会の建物の一角を占め、2018年に設置された民営の博物館である。中国大陸の華人とマラヤ半島の交流史を2000年前の漢書地理志から現代まで、当時のマラヤ華人社会のあり方、風俗慣習史などを年代順に展示された。特筆すべきなのはSungai Way New Village Museumである。Sungai Way New Village Museumはクアラルンプール近郊に位置し、2021年12月にマレーシアにおいて初の新村を主要テーマとしたコミュニティ・ミュージアムである。このミュージアムはセランゴール州政府と村委員会の協力で、廃棄された地下駐車場に作られた。展示物はほとんど地元住民による寄贈品であり、その数は600品にのぼるという。博物館のほか、文献の収集のため、GerakBudaya出版社、Center for Malaysian Chinese Studies、マレーシア新紀元大学学院図書館、マレーシア国立図書館に足を運び、必要な文献を調達した。
 ②に関しては、集められた文献を読みつつ、インターネットを通してマレーシア統計局から必要なデータを調達した。③に関しては、マラヤ大学およびマレーシア新紀元大学学院で教授と筆者の研究関心について交流してきた。これまでの研究の蓄積だけでなく、今マレーシア現地の大学院生が取り組んでいる新村研究について知ることができた。また、新村における地域創生活動に取り組んでいる政治家への聞き取り調査も行った。

反省と今後の展開

 今回の調査はおよそ必要な文献を集めることができた。反省としては、聞き取り調査や交流した関係者が大学の教授、大学院生そして新村の地域創生活動に取り組んでいる政治家、社会から見て「知識層」に属する人々にとどまった点が挙げられる。この課題に関しては、次回調査までに、筆者が持っているネットワークからより幅広い対象者を紹介していただくことに努める。今後の展開に関して、次のフィールドワーク調査に向けて、文献を読みつつ、フィールドを絞ることとする。また、必要になれば関係者には引き続きインターネットによる聞き取り調査を随時行うこととする。

  • レポート:Len Yuan Han(2024年入学)
  • 派遣先国:マレーシア
  • 渡航期間:2024年8月1日から2024年9月30日
  • キーワード:マレーシア、マラヤ共産党、新村、文化遺産

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