京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

マレーシアにおけるイスラーム型フィンテックの発展――ムスリム零細企業とフィンテックの活用――

写真1 FinTech Summit

対象とする問題の概要

 本研究の対象は、イスラーム圏で活発化しているイスラーム型フィンテックとマレーシアのムスリム零細起業家である。特にマレーシアに注目して研究を進める。マレーシアでは、10年程前からイスラーム型フィンテックへの関心が高まっており、特になどクラウドファンディング、QRコード決済、P2Pレンディングの分野に関する企業が多く見られる。関連する先行研究としては、イスラーム型フィンテックのケーススタディや事例、起業家のイスラーム的要素の関連性について述べられたものがあるが、フィンテック個々の事例紹介や、量的調査を行っているものが多く、具体的なイスラーム的な観点とフィンテックを言及したものは少ない。したがって本研究では、イスラーム的な観点から起業家とイスラーム型フィンテックに着目し、それがビジネス活動の資金調達、マーケティングにおいてどのように表れているのか調査・考察を行う。

研究目的

 本研究は、マレーシアにおけるイスラーム型フィンテックが若手ムスリム起業家に与える社会経済的役割とその影響を解明することを目的とする。特にフィンテックの資金調達手段としての利用状況とビジネス機会創出の影響を調査し、ムスリム起業家の市場拡大への貢献を評価する。イスラーム金融はシャリーア法に基づき、利子を取らない独自の金融システムを持ち、マレーシアはその先進国である。近年、フィンテックの導入が進み、若手ムスリム起業家がこれを活用してビジネスを拡大する動きが顕著である。
研究手法としては、インタビューとアンケート調査、フィンテックイベントやセミナーへの参加、企業訪問、ドキュメント分析を行う。調査対象には、若手ムスリム起業家、フィンテック企業の経営者・従業員、銀行担当者、政府の金融政策担当者が含まれる。

写真2 MIGHTへの聞き取り調査

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークでは、マレーシアのフィンテックおよびイスラームビジネスに関連する複数のイベントや企業を訪問し、現地の専門家や起業家と直接対話する機会を得た。これにより、マレーシアにおけるフィンテック産業の発展や、イスラームの価値観が企業経営や投資にどのように影響しているかについての理解を深めることができた。
 「FinTech Expo」では、IT企業や金融機関の社員と接点を持ち、マレーシアのデジタル金融環境について具体的な事例を通して学ぶ機会を得た。特に、Securities Commission Malaysiaの関係者との対話を通じ、フィンテック業界が規制機関とどのように協力しているのか、また安全性や透明性に関する現地の取り組みについて理解を深めた。
 また、イスラーム型フィンテックをテーマとした起業家や教育テクノロジー分野の専門家の話を聞き、マレーシアにおけるイスラーム的視点からのスタートアップの事業展開や、テクノロジーの社会的な応用についての考察を得た。
 インタビュー調査として、マレーシア政府のテクノロジー普及政策について、MIGHTのCEOであるAbdul Rahim氏からも意見を聞くことができた。彼は、イスラームビジネスにおいて「信頼」や「相互理解」が企業連携の上で最も重要であると強調していた。特に、異文化間でのパートナーシップにおいてはイスラーム的な規範を理解し合うことが成功の鍵となるとし、事業運営の中で透明性やトレーサビリティが重視されることが述べられた。またフィンテックとして、ブロックチェーンのトレーサビリティが評価されていることも確認した。このような視点は、イスラーム型フィンテックにおける信頼構築の重要性を再確認させるものであり、今後の研究にも反映できると感じた。

反省と今後の展開

 今回のフィールド調査では、文献収集とステークホルダーとの信頼関係構築を行なったが、具体的なムスリム起業家や、フィンテックを扱う中小企業へインタビュー調査を十分にできなかったことである。実際にフィンテックサミットに参加したムスリム起業家はイスラーム型フィンテックやベンチャーキャピタルに関する事業を行っていた。これら零細ムスリム起業家に対して直接的により深いインタビュー調査を進めることによって具体的なフィンテックの活用の実態について明らかにできるのではないかと考える。今後はこれらの事例を通して、イスラームの教えとフィンテックの実践、起業家精神の関わり合いについて考察を行いたい。

  • レポート:柳 勇輝(2024年入学)
  • 派遣先国:マレーシア
  • 渡航期間:2024年9月1日から2024年10月7日
  • キーワード:イスラーム型フィンテック、ムスリム起業家、マレーシア

関連するフィールドワーク・レポート

マダガスカルにおけるドゥアニ信仰の生成/温泉を祀る聖地を中心に

対象とする問題の概要  マダガスカル共和国の中央高原地帯(メリナ人居住地域)および西部地域(サカラヴァ人居住地域)においては近年、在来信仰のドゥアニと呼ばれる聖地が、国内外から多くの巡礼者を集めている。特に中央高原地帯では巡礼者の増加に伴っ…

インドネシア大規模泥炭火災地域における住民の生存戦略 /持続的泥炭管理の蹉跌を超えて

対象とする問題の概要  インドネシアは森林火災や泥炭の分解による二酸化炭素の排出を考慮すれば、世界第3位の温室効果ガス排出国となる(佐藤 2011)。泥炭湿地林の荒廃と火災は、SDGsの目標15 「陸の豊かさも守ろう」に加え、目標13 「気…

コンゴ民主共和国の焼畑農耕民ボンガンドにおける環境認識/景観語彙の分類から

対象とする問題の概要   本研究の調査地であるワンバ周辺地域は、コンゴ民主共和国中部の熱帯雨林地帯に位置する。大型類人猿ボノボの生息地である当地域では、1970年代より日本の学術調査隊がボノボの野外調査を始め、現在までおよそ40年…

屋台をとりまく社会関係の構築による場所の創出――福岡市・天神地区を事例として――

対象とする問題の概要  福岡市には100軒(2022年4月1日時点[1])の屋台が存在する。第二次世界大戦後に闇市の担い手として営業を開始した屋台は、その後減少の一途を辿っていた。しかし、現在、福岡市によって屋台は都市のにぎわいを作る装置と…

牧畜社会における技術や知識の学び ――酪農家の生活に着目して――

研究全体の概要  日本は第一次産業の後継者が減少している。酪農家の数も減少傾向にあり、後継者問題に悩んでいる。酪農は生き物を飼育することから、地域の信頼を得ることが必要となる。そのため、酪農家を新しく獲得することは容易ではない。本調査で訪れ…

現代ネパールにおけるサリーの多層性 ――ファッションとしてのサリー――

研究全体の概要  本研究の目的は、現代ネパールにおけるサリーの多層的な意味づけと、その意味を生成するサリーをめぐる実践の様相を明らかにすることである。地域ごとに多様な住民を「インド国民」として統合するインドのサリーとは異なり、近現代ネパール…