京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における湧水湿地の立地環境と地域住民によるその利用

写真1 湧水湿地に自生するラフィアヤシ(Raphia farinifera

対象とする問題の概要

 「湧水湿地」とは、明確な定義が確立していないものの、先行研究にならって本報告でも「比較的小規模な面積で泥炭に乏しい湿地」とする。湧水湿地は、貴重な生物相を形成していたり、地域住民にとっての憩いの場として機能していたりと、多面的な価値を持つ環境である。しかしながら、より大規模な泥炭湿地などと比較すると、世界的には研究が進んでいない環境といえる。
 マダガスカル北西部のアンカラファンツィカ国立公園においても湧水湿地が点在する。この国立公園は、1927年の設立時より園内で人々が生業活動を営み、住民参加型保全が現在に至るまで続けられているというユニークな保護区である。公園内の村落で営まれている水田耕作は河川水のみならず、湧水を用いて灌漑されているほか、湧水は地域住民の飲料水としても利用されている。湧水湿地の環境特性と利用実態を明らかにすることで、住民の生活に関わる湧水湿地の新たな価値を提示できると考える。

研究目的

 本研究は、アンカラファンツィカ国立公園における湧水湿地の立地環境と利用実態および環境史の総合的分析を通じ、湧水湿地の価値を再評価することを目的とする。今回の調査では、公園内のアンブディマンガ村に3カ月間滞在し、以下の調査を実施した。
 村内の水田のうち、湧水によって灌漑される水田の利用実態を把握するため、河川や湧水の流れと土地利用を示した地図を作成した。次に、村内の湧水点や河川の測量およびそれらの流量の測定を実施した。また、分析用の水サンプルを採取したほか、自動撮影カメラを用いて住民による湧水の採水頻度を調査した。さらに、湧水地の立地環境には、その涵養域となる上流部の植生や土壌条件が影響していると考えられることからコドラート法による植生調査を行い、各コドラートにおいて土壌断面を分析した。加えて、マダガスカル語の地名の特徴を踏まえ、村内の地名の由来を調査することで、環境史を考察する材料とした。

写真2 (a)マダガスカル共和国地図、(b)アンカラファンツィカ国立公園周辺図、(c)調査地(アンブディマンガ村)周辺図

フィールドワークから得られた知見について

 地図制作を通じて灌漑における湧水や河川水の利用実態を把握することができたが、滞在期間中は平年の雨季に比べると降水量が非常に少なく、典型的な雨季の土地利用についてのデータを取ることはできなかった。しかしながら、地域住民が各々の水田で異なる時期に稲作を行うことで年中収穫可能な体制を維持していることは、旱魃やサイクロンなどの自然災害リスクを減らす機能があると考えられる。
 植生調査からは、国立公園の原生林と村内のコミュニティ林には、種組成において大きな違いがあることが判明した。また、聞き取り調査からここ数十年で特定の樹種の減少が顕著であることが判明し、コミュニティ林の植生が変遷していると考えられる。これらの樹種は家屋の建材として広く利用されていることから、村内の全家屋について利用している建材や築年数などのデータを収集し、定期的な建て替えに伴う伐採圧を推測することができた。
 公園内には海成層由来の砂質な土壌が広がる。植生調査と並行して行われた土壌調査では、砂質土壌の下流部には湧水点が認められる一方、ローム質土壌の下流部には湧水点が確認できなかった。したがって、涵養域の土壌特性が湧水点の形成に影響を及ぼしている可能性がある。
 湧水の利用実態に関する調査では、村内には井戸水や河川水を飲用としている世帯もあり、全世帯が恒常的に湧水を利用しているわけではないことが判明した。その選択は各世帯から水源までの距離に依存すると考えられる。また、湧水点は、農作業中の住民が喉の渇きを潤しつつ団欒する場であったり、子供たちが水汲みついでに憩う場であったりと、コミュニケーションの場としても機能していた。
 また、地名調査からは、地域の歴史や文化的背景が湧水や土地利用と深く結びついていることが確認された。
 以上の知見は、湧水という地域資源の持続的な管理に向けた議論の基礎となると考えられる。

反省と今後の展開

 今回の調査では、降水量の増加に伴う灌漑設備や土地利用の変化を観察する予定だったが、例年より著しく降水量が少なかったため、十分に実施できなかった。
 また、多様な調査項目を設定したがゆえに、具体的な研究の方向性を再整理する必要がある。「湧水湿地」という環境を語る上で、それぞれの項目がどのように湧水湿地の維持管理に有効に働くのかを考え、広範な視点から地域環境の変遷を捉える研究へと発展させていきたい。
 今後は、植生の変遷と湧水涵養の関係をより詳細に分析する必要があると考えている。回収した水サンプルの分析を通じて、湧水の滞水時間や涵養域の特性を明らかにすることができないか模索中である。また、水質に着目して、井戸水・河川水・湧水など多様な水源がある中で、地域住民にとって「良い」水源の特性を定量的に示すことで、彼らの生活に還元することがすることができるのではないだろうか。

  • レポート:岡田 陸太郎(2024年入学)
  • 派遣先国:マダガスカル共和国
  • 渡航期間:2024年11月2日から2025年1月31日
  • キーワード:湧水湿地、自然地理学、マダガスカル

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