京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

マダガスカル熱帯林における種子散布ネットワーク構造と散布者の絶滅による影響評価

写真1 カメラトラップを用いた観察調査の様子

対象とする問題の概要

 熱帯林生態系において、種子散布は重要な生態学的プロセスである。現在、種子散布者となる多くの動物が絶滅の危機に瀕しており、森林更新機能への深刻な影響が懸念されている。そこで、種子散布を通した動植物間相互作用のネットワークを記述し、各散布者の相対的な重要度を評価することで、散布者の絶滅による群集全体への影響が予測されてきた。これまでの研究では、鳥類や哺乳類など、特定の動物分類群を対象としてネットワークが調べられてきたが、実際の生物群集では様々な動物種が種子散布を行う。従って、散布者の絶滅による影響を正しく推測するためには、群集レベルでの包括的なネットワークを調べる必要がある。マダガスカルは、最も人為的撹乱に晒されている熱帯林生態系のひとつであり、多くの脊椎動物が既に絶滅している。しかし、これまで種子散布に関する研究は驚くほど少なく、散布者としての役割が明らかになっていない分類群も存在する。

研究目的

 群集レベルでの包括的な種子散布ネットワークを調査し、散布者の相対的な重要度を評価することで、散布者が絶滅した場合の影響を予測する。そのために、マダガスカル北西部の熱帯乾燥林において、3つの相互補完的な手法(①生体捕獲調査による糞中種子の確認、②カメラトラップ及び目視による観察調査、③現地住民へのインタビュー調査)を用いて、動植物間の種子散布相互作用についての情報を収集し、ネットワークを記述する。

写真2 罠を用いた生体捕獲調査の様子

フィールドワークから得られた知見について

 本調査地における種子散布は、霊長類、齧歯類、鳥類、爬虫類など様々な動物分類群によって行われていた。中でも、チャイロキツネザル(Eulemur fulvus)とオオアシナガネズミ(Macrotarsomys ingens)は、大小様々なサイズの種子を母樹から散布しており、森林内での中心的な種子散布者としての役割を担っていた。チャイロキツネザルは森林内で最大の果実食者で、被食型散布(種子の嚥下と排泄)によって種子散布に貢献する。一方で、オオアシナガネズミは体サイズが比較的小さいにも関わらず、貯食型散布(種子を埋め保存する貯食行動)を通して種子散布に貢献していた。マダガスカルにおいて、貯食型散布の記録はこれまで確認されていなかったため、貴重な知見となり得る。
 多くの熱帯林生態系では、ゾウやクマといった大型の霊長類や、果実食の鳥類が主要な種子散布者であることが知られているが、マダガスカルにはそれらの大型霊長類が生息していない。また、鳥類の種多様性は高いものの、ほとんどが昆虫食であることから、多くの種は種子散布に貢献しない。実際、本調査においても、20種以上の鳥類が確認されたものの、種子散布を行っていたのはクロヒヨドリ(Hypsipetes madagascariensis)1種のみであった。
 以上から、マダガスカル熱帯乾燥林における種子散布ネットワークは、大部分の植物種が少数の哺乳類に種子散布を依存する貧相なネットワーク構造であると言える。様々な植物種を散布する動物種は、いずれも絶滅危惧種であり、これらの動物の絶滅によって、森林更新機能が著しく低下することが懸念される。

反省と今後の展開

 調査の中でも、生体捕獲調査及び観察調査は、想定よりも調査労力が大きく、調査機関の大半をこれら2つの調査に費やすこととなった。そのため、現地住民のインタビュー調査については、予備的なインタビューの実施に留まり、本調査は次回に持ち越した。
 近年調査地周辺では、人間活動に伴う森林火災が頻発しており、森林内の動植物群集に大きな影響を及ぼしている。森林火災は、動植物個体を直接死亡させるほか、局所環境や種構成を大きく改変する。今後は、火災によって撹乱が入った環境で、どの散布者が生息できて、種子散布を行っているのかを調べることで、火災後の森林更新の可能性を探っていきたい。

  • レポート:大河 龍之介(2023年入学)
  • 派遣先国:マダガスカル共和国
  • 渡航期間:2024年8月25日から2025年3月13日
  • キーワード:動植物間相互作用、種子散布、熱帯林

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