京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

インド農村部におけるウシ飼養と酪農産業に関する調査

写真1 毎日の乳搾り

対象とする問題の概要

 約1万年前にウシが家畜化されて以降、ウシは人間社会の繁栄に重要な貢献をしてきた。インドの畜産業においてミルクから得られる経済的メリットは大きなものであり、政府は酪農業に投資をすることでさらなる発展を目指している。しかし、一方で、インドにおいて多数派が信仰しているヒンドゥー教はウシを「神聖視」するイデオロギーを持っており、ヒンドゥー教徒が多数派を占める地域においてはウシの屠殺や牛肉の所持、販売、消費が禁止されている。ミルク需要の高まりにより飼育するウシの頭数が増える一方で、ミルクを出さなくなった不要ウシの処分は禁止されているなど、酪農家に課せられた制約は大きい。そのため、不要となったウシを野に放つ「野良ウシ」の増加など社会的な問題にも発展している。

研究目的

 インドのウシ飼育は、ヒンドゥー教の「ウシ信仰」のために非常に特異なものであると理解されてきた [ハリス 2001]。しかし、近年の研究では、ヒンドゥー教が主張するウシの「神聖性」は比較的近年に発展したのであると明らかにされている [小谷 1993]。また、インドのウシは「経済」か「政治」に二極化した形で議論がされてきた。しかし、「経済」か「政治」の一方による議論はインドのウシの複雑さを捉え切ることができず、経済的発展とヒンドゥー・ナショナリズムの過激化を別々のものとして捉えている。しかし、農村においてウシを飼う農民にとってはこれら「経済」「政治」は確実に相互に影響し、よりリアルなものとして存在している。そこで、本研究は「経済」「政治」さらに「宗教」に限定することなく、実際の生産者の視点に立ちインドのウシの現在を明らかにする。

写真2 カッチにて、仔牛の小屋

フィールドワークから得られた知見について

 今回の渡航では、インド・グジャラート州ケーダ県の農村部に中期間滞在することで、ウシ飼育やミルクの利用に関して参与観察を行った。私の調査村においては、近代的な技術を用いたウシ飼養が行われている。基本的にウシの交配は人工授精によって管理されており、80%の確率でメスウシを産ませることができるという。トラクターの登場によって、かつてオスウシが担っていた耕運の役割はとってかわられ、現在の調査村においてオスウシが果たすことができる仕事は存在していない。私の調査村に限定することなく、インドにおけるオスウシの価値は全体的に低下している。そのため、オスウシに対する「無視と飢えによる屠殺」が指摘されてきた。餌を与えないことで、直接的な屠殺でない方法で緩やかに殺す。しかし、人工授精によってウシの性別がコントロールできるようになった現在、オスウシははるかに早い段階で淘汰されるようになってきている。
 フィールドワークの途中、グジャラート州の西に位置するカッチ県を訪れる機会があったのだが、カッチ県におけるウシ飼育・ミルク利用とケーダ県におけるウシ飼育・ミルク利用が異なるものであったことも興味深い。私が参与観察を行っていた村では、パーティーダールと呼ばれる支配カーストの人々によって主にスイギュウと外国産種が飼育されていた。人々は在来のウシのミルクよりも、スイギュウのミルクを好んで利用しており、日々のお茶や料理にはスイギュウのミルクを用いる。外国産種は販売用のミルクのために飼育していると言う。一方で、カッチ地方の人々はスイギュウよりも在来種のミルクを好んでいた。人々は「在来種のミルクの方が身体に適していて健康になる」と言う。

反省と今後の展開

 今回の渡航では、限られた滞在期間を1つの調査村に注いでしまった。これまでよりも詳細な情報を得ることができたが、新たな刺激を受けることは少なかった。来年はグジャラート州に1年以上の滞在をする予定である。視野を広く持ち、積極的に新しい場所に足を伸ばすことにより、さらなる知見を深めていきたい。

参考文献

 ハリス, マーヴィン. 2001.『食と文化の謎』板橋作美訳, 岩波文庫.
 小谷汪之. 1993.『ラーム神話と牝牛―ヒンドゥー復古主義とイスラム』平凡社.

  • レポート:緑川 茉歩(2024年入学)
  • 派遣先国:インド
  • 渡航期間:2025年7月16日から2025年9月12日
  • キーワード:生業活動・酪農・農業・栄養問題・食文化

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