京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ジュア・カリにおける「悪い仕事」への抑止力――社会関係資本が生み出す「閉鎖性」と「開放性」に注目して――

写真1 ガレージのオーナーと筆者

対象とする問題の概要

 先進国では法的措置により品質が担保されてきたが、途上国の非公式部門において、品質担保がいかに図られているのかについては、これまで十分な研究対象となってこなかった。ケニアでは、非公式部門において「金属加工、大工仕事、自動車修理」などを行う職人はジュア・カリと呼ばれる [Momanyi 2024]。ジュア・カリにおいても、不正整備に象徴される「カジ・ンバヤ; 悪い仕事」に対して、国家が制裁措置を制度的に整備する仕組みは、十分に構築されていない。しかし本研究の調査地であるガレージ集積地[1]では、「悪い仕事」が常態化しているとは言い難い。その理由として、公的規制が緩い中でも、社会関係資本、つまり「相互利益のための協力と集団行動を促進する、社会的関係、共有規範、信頼という形態の集合的財産 [Portes 1998]」があることで「下からの」規制として機能し、仕事の質を確保するしくみがあると考えられる。


[1] 本報告書で用いる「ガレージ」とは、屋外において、トタン板や廃材を組み合わせて形成される、自動車修理のための簡易的な作業場のことを指す。

研究目的

 本研究では、公的な規制が緩く、「悪い仕事」が蔓延する可能性のあるジュア・カリの自動車修理ガレージ集積地(W地区と呼称する)において、自動車修理工程の過程で、なぜ「悪い仕事」が抑制され、一定の働きかたの質が担保されているのかを、社会関係資本理論を用いて明らかにすることを目的とする。

写真2 ガレージでともに働く「Gen Z」

フィールドワークから得られた知見について

 「悪い仕事」を抑制する社会関係資本として以下の二点を指摘したい。第一に、各修理工は、特定のガレージに属しているのではなく、W地区という複数のガレージが集まっているガレージ集積地全体に属している。W地区には推定16個のガレージが集積している。修理工は、基本的に親方[2]が拠点とするガレージに拠点を置き仕事を行うが、他のガレージで修理を行うこともしばしばあり、ガレージの垣根を超えた人びとの移動が日常的にみられるようになる。こうした環境は、修理工同士の相互監視を可能にする構造を生み出し、「悪い仕事」を行う修理工の評判や情報は、W地区全体に迅速に流通する。
 第二に、こうしたつながりの中心となる親方の役割がある。見習いの修理工は、特定の親方に「入門料」を払い、彼に斡旋された仕事をこなす。親方は多くの修理工を知っており、仕事が入るとしばしば自身が持つネットワークを介して修理工を別のガレージから呼ぶ。仕事依頼が偶発的ではなく、親方が持つネットワークを介して「特定の」個人に向けて行われることは、親方とそのほかの修理工の関係性の中に、過失や責任の所在を明確にする構造を生み出し、「悪い仕事」への監視構造を効果的に機能させているといえよう。実際、あるガレージのオーナーは、「他のガレージから仕事に人を呼ぶ際は、必ず私が直接呼ぶか、私が顔を知っている修理工に呼ぶように指示をする。そうすることで、何か問題が起きれば、誰がその修理を担当していたかを特定できる」と述べた。このように、修理工同士のガレージの垣根を超えた働きかたの中で構築される緻密な人間関係=社会関係資本が、「悪い仕事」への抑止力となっていると考えられる。
 ガレージの垣根を超えた働きかたと、親方の持つ人的ネットワークを介した責任所在の明確化、集積地全体に広がるこうした関係性を通して構築される社会関係資本が、「悪い仕事」の抑止力として機能しているのである。


[2]W地区には、仕事を斡旋してもらい、知識や技術を得る「親方」と呼ばれる人々がいる。

反省と今後の展開

 社会関係資本理論を用いて、「悪い仕事」が一定抑制され、働きかたの質がある程度担保されていることを述べたが、社会関係資本による抑止力には、限界があることも事実である。実際、今回の調査でも、仕事中に生じた過失を隠そうとした事例があった。社会関係資本以外に「悪い仕事」を抑制する機能を持つ、市場や国家の役割に関しても、今後検討を深めていきたい。特に市場を介した顧客の「評判」は「悪い仕事」を抑制する一つとして機能していると思われる。また、ジュア・カリの労働現場は非常に過酷である。修理工は有害物質をマスクなしで直接吸い込んでしまっている。加えて長時間労働も常態化している。さらには、働き始めて間もない「弟子」の中には、一日の食費を賄うには十分とは言えないほどしか報酬を得ることができない修理工もいる。今後はさらに、ジュア・カリの多様な側面から、働きかたの質を検討していきたい。

参考文献

 Momanyi, Christopher. 2024. Decent Work in the Informal Sector and Economic Growth: Jua Kali Artisan Business ‘Sustainability Challenges in Eastland of Nairobi’, Research Square, https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-4330945/v1.
 Portes, Alejandro. 1998. Social Capital: Its Origins and Applications in Modern Sociology. Annual Review of Sociology, 24: 1-24.

  • レポート:島田 龍人(2024年入学)
  • 派遣先国:ケニア共和国
  • 渡航期間:2025年7月1日から2025年9月25日
  • キーワード:ジュア・カリ、働きかたの質、労働、社会関係資本

関連するフィールドワーク・レポート

小笠原諸島におけるアオウミガメの保全と 伝統的利用の両立可能性に関する研究

研究全体の概要  アオウミガメ(Chelonia Mydas)は大洋州の多くの地域において食用として伝統的に利用されてきた(Kinan and Dalzell, 2005)。一方で、本種はワシントン条約附属書Iに記載される絶滅危惧種(EN、…

インド農村部におけるウシ飼養から考察する人と家畜の関係性

対象とする問題の概要  インドにおけるウシ飼育は、酪農、畜産の面からも長い歴史を持っている。人々は、家畜を飼育し、それらを利用することで生計を営んできた。現在のインドにおいて、ウシは特にミルクを生産する動物として非常に重要な役割を果たしてい…

「幻想的なもの」は「現実的なもの」といかにして関わっているか ――遠野の「赤いカッパ」をめぐって――

研究全体の概要  「幻想的なもの」は、「現実」としての人間の身体の機能から生じながらも、身体の次元をはなれて展開している。そして、この「幻想」が共同生活や言語活動によって否定的に平準化されていく過程を通じて、社会を形成する「象徴的なもの」に…

セントラル・カラハリ・サンの子ども社会への近代教育の影響――ノンフォーマル教育の事例から――

対象とする問題の概要  1977年より、ボツワナ政府は、民主主義、発展、自立、統一を教育理念に掲げてきた。1970年代中頃まで狩猟採集を生活の基盤としていたサンの社会は、政府の定住化政策によって、管理、教育、訓練の対象となってきた。こうした…

木炭生産者における樹木伐採の差異 /タンザニア半乾燥地の事例

対象とする問題の概要  タンザニアにおいて、木炭は主要な調理用エネルギーであり、農村部の人々の貴重な現金収入源である。森林資源の枯渇は1970年代から問題視されるようになり、以降、木質燃料と森林面積の減少を関連付けた研究が世界各地で実施され…