京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

インド指定部族の社会移動への意識とその実践/タミル・ナードゥ州指定部族パニヤーンを事例に

ビニールシートと木材で組まれたパニヤーンの住居

対象とする問題の概要

 これまでインド政府は貧困問題を解決するために様々な政策を実施してきた。その成果はある程度認められるものの、依然として多くの貧困層を抱えており、貧困削減はインド社会において重大な社会問題として位置づけられている。なかでも、指定部族と呼ばれる社会集団の貧困率は他の社会集団に比べて高く、政府や非部族民による森林や土地の収奪、経済的搾取を通じて、部族民が社会的に周辺化されていることが指摘されてきた[Nathan and Xaxa 2012]。また、教育機会や住居提供、食料の配給といった行政サービスが行き届かず、日々の生活資源を確保することが困難であるだけでなく、社会階層の低層から抜け出す機会が与えられていない状況が生じている。

研究目的

 本研究では、社会・経済的後進性が甚だしいとされる指定部族が、社会階層において自ら位置をどのように捉え、社会移動に向けてどのような実践を行おうとしているのかを明らかにしようとするものである。
 事例として、タミル・ナードゥ州ニルギリ県に居住する指定部族パニヤーン(Paniyan)を取り上げる。彼らは、特定の地主のもとで強制的な労働を強いられていた債務労働者であった歴史をもつ。債務労働制が撤廃された現在では、零細な土地を持つ、もしくは土地を持たない農業労働者として生計を立てている。またパニヤーンは、タミル・ナードゥ州政府によって、指定部族の中でもとりわけ、開発・発展のための資源へのアクセスが限られ、識字率が低く、人口が少ないなどのことから、「特に脆弱な部族集団」(PVTGs: Particularly Vulnerable Tribal Groups)に指定されている。

茶葉の摘み取りを行うパニヤーンの労働者

フィールドワークから得られた知見について

 はじめに、パニヤーンがどのような生活水準にあるのかを理解するため、社会・経済的状況に関する世帯調査を実施した。質問項目は、世帯構成員の年齢、収入、婚姻関係、教育水準、職業、住居環境、土地の所有とその利用状況、資産の保有、借金、貯蓄、嗜好品の消費、政府による食料配給プログラムの利用状況などである。6つの集落に属する39世帯に対して調査を行った。世帯調査を通じて明らかになったことの一つは、多くの農業労働者の収入が高いことである。調査時には、地主のもとで働く男性農業労働者の日当が350-400ルピー(1ルピー=約1.5円)[1] で、これは10年前の約4倍の水準である。パニヤーンを労働者としてよく雇う地主の話によれば、こうした賃金の上昇は、物価の上昇によるものだけでなく、部族民が特定の地主のもとで働かず、高い日当を支払う地主を主体的に選択するようになったことを契機に起こったという。その結果、地主は自らの農地で働く労働者を確保するために、日当を引き上げ始めた。こに、パニヤーンによる賃上げを誘発する実践を確認することができた。
 さらに、パニヤーンが土地を失った過程について聞き取りを行った。先行研究では、ニルギリ県の部族民がケーララ州より移住してきたキリスト教徒やイスラム教徒に、土地を安価な価格で売り渡したとあるが[Sathyanarayanan 2016: 506]、聞き取りを通して、およそ 60 年前からパニヤーンが所有権を持つ土地をキリスト教徒やイスラム教徒らが占有してきたことも明らかとなった。パニヤーンだけでなく、ニルギリ県に居住する他の指定部族集団も土地の占有を経験しているが、これら占有された土地を取り戻そうとするような指定部族らの働きかけは聞かれなかった。


[1] 2019年9月20日時点。

反省と今後の展開

 今回の調査では、パニヤーンの社会・経済的データを収集することに注力したため、地主階級に属する非部族民の社会・経済的調査を進めることができなかった。
 今後の展開として、ケーララ州ワヤナード県に居住するパニヤーンとの社会移動の意識と実践に関する比較研究を進めていこうと考えている。調査協力者である NGO 職員によると、ケーララ州に居住する土地を持っていないパニヤーンは、州政府に対して土地の再配分を積極的に求め、団結して抗議運動を展開しているようである。土地の獲得は社会上昇に大きな影響をもたらすことを考えると、土地の再配分を強く熱望するケーララ州のパニヤーンと、そうした動きが見られないタミル・ナードゥ州のパニヤーンとの間に社会上昇に対する意識に差があると考えられる。それら 2 つの社会集団を比較研究することで、社会上昇への意識が芽生える条件を明らかにすることができるのではと考えている。

参考文献

【1】Nathan, D. and Xaxa, V. 2012. Introduction and Overview. In D. Nathan, and V. Xaxa eds., Social Exclusion and Adverse Inclusion: Development and Deprivation of Adivasi in India. New Delhi: Oxford University Press, pp. 1-15.
【2】Sathyanarayanan, C. R. 2016. The Paniyan of Tamil Nadu. In K. K. Misra ed., The Particularly Vulnerable Tribal Groups in India: Privileges and Predicaments. New Delhi: Manohar, pp. 505-512.

  • レポート:工藤 太地(平成31年入学)
  • 派遣先国:インド共和国
  • 渡航期間:2019年8月2日から2019年9月26日
  • キーワード:指定部族、貧困、社会移動

関連するフィールドワーク・レポート

ヒマーラヤ高地における景観の人類学的研究

対象とする問題の概要  地球規模の環境問題が科学的かつ政治的に議論を呼ぶ事実となるなか、ヒマーラヤ高地は周極地域とならんで、気候変動の影響がとりわけ深刻に現れる場所であることがしばしば指摘される。しかし、この「新たなヒマーラヤの危機」をめぐ…

カメルーンのンキ国立公園におけるカメラトラップを用いた 食肉目の占有推定

対象とする問題の概要  食物網の高次消費者である食肉目は、草食動物の個体数調整などの生態学的機能を通じて、生物多様性の高い森林構成維持に関わる生態系内の重要な存在であるが、近年世界各地で食肉目の個体数減少が報告されており、その原因究明と保全…

ケニアのMara Conservancyにおける 住民参加型保全の取り組みについて

研究全体の概要  近年、アフリカにおける野生生物保全の現場では、自然環境だけでなくその周辺に住む人々を巻き込み、両者の共存を目指す「住民参加型保全」というボトムアップ型の保全活動が注目されている。本研究のフィールドであるMara Conse…

木材生産を目的とする農林複合の可能性 /タンザニア東北部アマニ地域を事例に

対象とする問題の概要  アフリカ諸国では、高い経済成長を遂げたことで、人口が急激に増加している。家屋を建てた後に人々が求めるものは、ベッドやソファなどの家具であり、その材料には耐久性の優れた天然の広葉樹が用いられてきた。しかし、天然林への伐…

インドネシア熱帯泥炭地における水文・気象現象の把握

対象とする問題の概要  いま、気候変動による異常気象などが多発しており、温室効果ガスの排出や炭素吸収源として熱帯泥炭地の役割は世界的に注目されている。インドネシアにおける熱帯泥炭地の炭素貯留量は57.4Gtであり、これは東南アジアにおける熱…

ナミビア北中部におけるサンとオバンボの土地利用を巡る関係に関する研究

対象とする問題の概要  世界各地ではさまざまな先住民問題が発生しているが、中でも「土地」に関する問題はよく争点となっている。南部アフリカ一帯で遊動生活をしてきた狩猟採集民サンは、アフリカ地域における土地問題のでもとりわけ注目されてきた存在で…