京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代トルコにおける新しい資本家の台頭とイスラーム経済

アナトリアの虎の特集記事

対象とする問題の概要

 本研究では、アナトリアの虎を中心的な研究対象とする。アナトリアの虎という用語は、1980年代以降に、トルコにおいて経済的な側面で発展してきた地方都市やその台頭を支えた企業群を指して用いられる。そうした企業群の特徴として、その経営者の多くが敬虔なムスリムであり、経済活動へイスラームの教義の反映を目指す傾向や、組合等のコミュニティの形成などによる集合性などが挙げられ、従来の世俗主義的なエリート層と対比される中で、その経営者たちは「イスラーム資本家」とも称されてきた。こうした資本家たちの台頭は、世俗主義をイデオロギーとして掲げてきたトルコ共和国において、社会、そしてその中でのイスラームの在り方の変化を示す事例として注目され、研究が為されてきた。

研究目的

 本研究の目的は、こうした資本家の動態について、イスラーム経済の観点から論じる点にある。アナトリアの虎を扱った研究において、「イスラーム」と「経済活動」という共通点から、イスラーム経済との関連性に関して言及されることは少なくない。しかし、アナトリアの虎に関する研究は、社会学的観点からトルコ社会におけるイスラームの変化や階級形成について論じるものが大半を占めており、イスラーム経済との関連性に主眼を置いたものはほとんどない。他方で、イスラーム経済の文脈においても、アナトリアの虎のような個々の企業家や経済団体といった要素は、銀行等の主要なアクターと比較して、それほど取り上げられてこなかった。
 こうした背景を踏まえ、アナトリアの虎の台頭や活動を、トルコのイスラーム経済の観点から論じることを通じて、新たな知見を提供することを目指している。

ミュスィアド本部(イスタンブル)

フィールドワークから得られた知見について

 本フィールドワークは、トルコのイスタンブルを渡航地として、令和元年の8月1日~9月16日までの1か月半という期間で行われたものである。その主な目的の一つとして、トルコ語の語学学習が挙げられる。報告者は現地の語学学校に8月の1か月間通学した。また、現地調査も今回のフィールドワークの目的であった。調査活動としては、書店や図書館の利用によるトルコ語文献収集、現地研究者との研究内容に関する会話、研究対象であるアナトリアの虎に関連した経済団体の会員に対するインタビュー等が挙げられる。そうした活動では、主に、先行研究で述べられていた概念や用語に対する、現地の人々の認識について確認した。例として、アナトリアの虎という用語に関しては、一般的にはほとんど認知されておらず、インタビューを行った研究者や経済団体の会員は、認知してはいるものの、その定義は、人によってかなり差があるという状況であった。このことから現地において、広く浸透している用語ではないことが窺い知れた。
 また、本フィールドワークにおいて重要な発見となったのが、経済団体の活動とイスラーム経済の関連性である。本フィールドワークでは、アナトリアの虎に関連する経済団体の会員へのインタビューを行ったが、その中の一つである、ミュスィアド(MÜSİAD)が、イスラーム経済の取引手法を利用した基金を設立し、運用していることを、インタビューを通じて知ることができた。こうした活動は、ミュスィアドがイスラーム経済の概念を積極的に取り入れ、それを独自の形で実践していることを意味しているが、そのことはアナトリアの虎とイスラーム経済の関連性に着目する本研究において非常に重要なものであり、これまで個々の企業に対して意識を向けていた報告者にとって大きな発見となった。

反省と今後の展開

 フィールドワークの反省点としては、企業家個々人に対するインタビューを行えなかった点が挙げられる。また、経済団体に対するインタビューも、数としては多く行ったわけではなかった。しかしながら、今回の調査において、インタビューから重要な情報を得られたことを考慮すると、今後は、よりインタビュー調査に重点を置き、語学の習得も含めて入念に準備するべきであると思われる。
 今後の研究では、トルコ語の学習を継続しながら、本フィールドワークで獲得したトルコ語文献を資料として加える。また、報告者自身の意識として、個々の企業を主な調査対象として想定していたが、今後は、経済団体も重要なファクターとして認識し、その変遷や活動に着目しながら研究を進める。

  • レポート:住吉 大樹(平成31年入学)
  • 派遣先国:トルコ共和国
  • 渡航期間:2019年8月1日から9月16日
  • キーワード:アナトリアの虎、イスラーム資本家、イスラーム経済

関連するフィールドワーク・レポート

ベナン国ジュグー市におけるNGOによるごみ収集の実態と課題――家庭におけるごみ収集の利用から――

対象とする問題の概要  サハラ以南アフリカ諸国の都市部では、ごみ収集が十分に確立されておらず、低所得者層は劣悪な居住環境で生活している。地方自治体には税収が少ないため、NGOが行政を補完する重要なアクターとなっているものの、NGOによるごみ…

ボツワナの農牧民カタの父親の養育行動に関する調査

対象とする問題の概要  ボツワナの農牧民カタの社会では、女性は生涯1—5人ほど異なる父親の子どもを産むが、女性がなぜパートナーを変え続けているのかは明らかではない。人間の女性は妊娠期間が長く・脆弱な子どもを産むため他の哺乳類に比べて子どもの…

エチオピアの革靴製造業における技能の形成と分業/企業規模の変化に着目して

対象とする問題の概要  エチオピアは近年急速に経済成長を遂げている。過去10年、同国の1人当たりのGDP成長率は平均7.4%とサブサハラアフリカの平均1.4%に比べて、高い成長率を誇る。エチオピアの主要産業はコーヒーや紅茶、切り花等の農業で…

ケニア沿岸部における少数民族ワアタの現状――ゾウの狩猟と保全のはざまで――

対象とする問題の概要  ケニア沿岸地域には、元狩猟採集民の少数民族ワアタが点在して居住している。彼らはエチオピア南部のオロモ社会を起源とするクシ語系の民族で、ケニア沿岸地域の先住民族だと言われている。彼らは狩猟採集民であったため、野生動物の…

2018年度 成果出版

2018年度のフィールドワーク・レポートを編集いたしました。『臨地 2018』PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。『創発 2018』PDF版は下記のリンクよりダウンロードできます。 書名『臨地 2018』院⽣海外臨地調査報…