京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

北タイ少数民族とコーヒー栽培との関わり/コーヒーで築く新たな世界

コーヒー農園にて撮影したコーヒーチェリー。

対象とする問題の概要

 タイ北部は山地や森林を広く有する。20世紀中頃から国民国家の形成に力を入れ始めたタイ政府は「森林政策」や「山地民族政策」を講じ始めた。その際、主に山間部に居住する非タイ系諸族の人々に対し、ケシ栽培や焼畑行為による森林破壊者などといった否定的な「山地民族」の印象が流布した [1] 。そこで森林破壊を引き起こすとされる生業活動やケシ栽培をやめさせるべく、政府等の政策により代替の換金作物の一つとしてアラビカ種 [2] のコーヒーが導入された。こうした背景もあり、現在コーヒーは北タイの名産品としても徐々に確立しつつある。


[1] 実際には、山地に居住する人々を「山地民族」と一括りに表現することは現実的でなく、その生活様式や生業、背景は多様だ。また、焼畑にもいくつかの形態があり、安易に森林破壊行為と表現するには問題がある。むしろ豊かな生態系を保持するのに有効ともいわれる。
[2] タイ南部ではロブスタ種を主としたコーヒー栽培が盛んである。

研究目的

 本研究では、北タイ少数民族がコーヒーとどのような関わりを持ち活動を展開しているのか、また、コーヒーの生産過程(栽培、労働力確保、販売、流通経路)にみられる方法やあり方とその多様性を通じて、民族的な特色・差異が見いだされるのかの検討を目的とする。
 1960年代はじめ、北タイの山地では本格的に「山地民族政策」が展開されるようになった。以降、その一環でタイ政府を始め、各国ODA、国連、国内外のNGOがケシ栽培等の問題を解決するべく、山地に居住する少数民族の生活に大きく影響を与える形で、政策が展開された。その一つにコーヒー栽培の導入がある。
 山地の人々は単なる受け身姿勢ではなく、その影響を戦略的に取り込み、活動を展開してきた。それは観光客も多いチェンマイ市内で、北タイ少数民族をテーマにしているカフェやコーヒー豆(15種程のコーヒー豆ブランドを販売するスーパーマーケットもある)が数多くみられることにも表れている。

山で調査した際2泊した家。夜の山は寒く、村の他の家の人も暖をとるため焚火のある家に集まる。焚火では竹筒に入ったもち米を同時に炊いている。

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークではチェンマイ、チェンライにて、リス、カレン、アカの人々のコーヒー農園3カ所の見学及び聞き取り調査を実施した。そこから断片的ではあるが、文化的な側面や新たな人の交流の流れが見られた。
各農園で共通する特徴には、アラビカ種のコーヒーが大半であること、「オーガニック」を称していること、他作物との同時栽培などが挙げられる。一方、それぞれの農園では以下の異なる知見が得られた。
 ①M農園:ここは前職でロイヤルプロジェクトのコーヒー栽培に参加していた人が、退職金で30ライ [1] の土地を100ライに拡大し、仕事で培ったコーヒー栽培のノウハウを活かすべく10年前に始めた農園だ。だが、現実は他の大きなコーヒー農園と比べて利益率が低く、市場の競争に勝てないという。3年前に収穫をやめコーヒー栽培を諦めた。冗談と本音が入り混じった表情で、10年前にコーヒーでなくドリアン栽培を始めていれば今頃もっとお金持ちだったのに、と繰り返し嘆いていた。現金収入獲得への強い思いが見られた。
 ②N農園:ここでは、あくまでコーヒー栽培は「森林」と共に生きる伝統的な暮らしを守るための手段に過ぎないと強調していた。現金社会の暮らしの中で、いかにしてモノカルチャーの大量生産・大量消費を目的としない、伝統的自然的な暮らしを守るかを考えた結果、他の作物との同時栽培にも適したコーヒーを換金作物として選択したという。
 ③D農園:ここの特徴はコーヒーだけでなく、同じ村でアッサム茶の栽培、ブランド作り、販売をしていることだ。茶は訪れた観光客やスタディツアー参加者等の為に目の前で淹れ振舞われる。伝統的習慣で飲むのは茶でコーヒーは飲まないという。聞き取り調査によると、人前でこのように茶器は中国や日本のものを使用し、作法に則った形式で淹れることは伝統的にはしてこなかったようだ。ここから観光客や訪問者に対する意識の高さが見られた。


[1]1ライは約1600㎡

反省と今後の展開

 本調査では上記コーヒー農園の見学に加え、北タイ少数民族に関わるコーヒー市場に参入しているカフェ経営者、コーヒー豆販売者を対象に聞き取り調査を実施した。結果、コーヒー栽培をするに至った背景や経緯、それぞれの語り方の共通点、相違点を表面的かつ断片的ではあるが知ることができた。
 今後はこうした北タイ少数民族によるコーヒー生産・販売の在り方や変容を描き、人々がいかに外部とのつながりを築いていくのか、また栽培や販売に至るまでに直面してきた制約条件に対して人々がどのような選択をしてきたのか、北タイの少数民族がいかにして観光や消費の現場で受け入れられ影響しうるかを明らかにしていきたい。
 また、今回は調査と並行して現地語学学校に通学した。渡航初期には不可能だった会話のやり取りもできるようになった。引き続きタイ語の更なる向上を目指し、次回渡航時にはあらかじめ質問事項も決め、より深い視点で聞き取り調査を行いたい。

  • レポート:奥野 衣莉香(平成31年入学)
  • 派遣先国:タイ王国
  • 渡航期間:2019年8月13日から2019年12月22日
  • キーワード:北タイ、少数民族、コーヒー、生産者と消費者

関連するフィールドワーク・レポート

インドネシア中部ジャワ農村地域における共有資源管理/住民による灌漑管理とその変容

対象とする問題の概要  インドネシア政府はこれまで多種多様な農村開発プログラムを実施してきた。特にスハルト政権下では、例えば稲作農業の技術的向上を目的としたビマスプログラムのように、トップダウンによる開発政策がおこなわれてきた。しかし、こう…

バカ・ピグミーの乳幼児の愛着行動

対象とする問題の概要  狩猟採集民研究は、人類進化の再構成を試みるための手がかりを提供しうる。しかし、狩猟採集民の文化は多様であり、それゆえ人間の社会のアーキタイプを議論する上で様々な論争がなされてきた。そのような例の一つとして愛着理論にか…

2024年度 成果出版

2024年度における成果として『臨地 2024』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2024』院⽣臨地調査報告書(本文,7.4MB)ISBN:978-4-905518-44-0 発⾏者京都⼤…

レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民 ――国内事例の動向――

研究全体の概要  本研究は、シリア難民のグローバルな経済的生存戦略の動態を明らかにする。19世紀末以降に歴史的シリア(現在のシリアとレバノンに相当する地域)から海外移住したレバノン・シリア系移民は、現在に至るまで自らの商才を生かして世界各地…