京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

在タイ日本人コミュニティの分節とホスト社会との交渉/チェンマイ、シラチャ、バンコクを事例に

チェンマイ日本人会の新事務所(2018年に移転)

対象とする問題の概要

 2017年現在、在タイ日本人の数は7万人を超え、これは米国、中国、豪州に次ぐ規模である 。タイでは、1980年代後半から日系企業の進出が相次ぎ、日本人駐在員が増加している。加えて1990年代以降は日本経済の低迷や生活様式の海外志向を背景に、主に若年層の日本人現地採用者や起業家も増えている。また同時期から、老後に豊かな暮らしをタイで実現する日本人ロングステイヤーもみられるようになった。
 このように在タイ日本人の属性は多様化しており、属性や活動目的の違いに応じた日本人関連組織が設立されているため、日本人コミュニティの内部では分節化が進んでいる。各日本人関連組織はタイ社会との接点でそれぞれ差異があり、地域住民との交流や地域行政との生活上の問題の解決など様々な交渉を行っている。日本人コミュニティの分節化とホスト社会との交渉は、在タイ日本人の現地社会への適応戦略を考察する上で重要な視点といえる。

研究目的

 本研究の目的としては以下の2点が挙げられる。1点目は在タイ日本人コミュニティの分節化の過程の解明である。先行研究では、各地域における個別の在タイ日本人コミュニティに焦点を当てているが、その分節化に関する研究は十分な蓄積がない。したがって在タイ日本人コミュニティの分節化を検討するために、まずタイの日本人集住地域(チェンマイ、シラチャ、バンコク)における日本人関連組織の把握を行う。
 2点目はホスト社会との交渉の実態の解明である。在タイ日本人コミュニティが属性や活動目的によって分節化するにつれて、各日本人関連組織のタイ社会との関係性にも差異が生じるものと推測した。したがって各日本人関連組織の会員を中心に聞取り調査を行い、タイ社会との接点について比較を行う。これによって属性など在タイ日本人の社会的背景に応じたタイ社会との結びつきの度合いについて検討することができる。

チョンブリ・ラヨーン日本人会内の大使館領事出張サービス

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークでは、ジェネラルサーベイとしてタイの日本人集住地域である3都市(チェンマイ、シラチャ、バンコク)を中心に、日本人関連組織の活動を把握した。表1はタイにおける主要な日本人関連組織である。
 チェンマイにおいては、駐在員を中心とする組織であるチェンマイ日本人会とロングステイヤーを中心とするチェンマイ・ロングステイ・ライフの会、またチェンマイの隣県チェンライにおいて、タイ人配偶者を持つ日本人永住者の組織であるチェンライ日本人会を中心に、組織の設立の経緯や活動内容に関する聞取り調査を行った。ロングステイヤーの中でも、1年未満の比較的短期の滞在を繰り返す者と、ビザの更新を繰り返して年単位におよぶ長期滞在を行う者がいることが分かった。
 シラチャは、東部臨海工業地域に進出する日系企業の駐在員を中心とした日本人会が存在する。しかし企業会員が多く、駐在員家族(妻子)や起業家向けの活動が少ないため、特に趣味や娯楽といった同好会活動は日本人会に属さない小規模サークルが運営していることが明らかとなった。さらに近隣のパタヤにおいても小規模な日本人会が発足し、現地在住の日本人同士の交流を目的に活動を行っている。
 バンコクは、単体で5万人を超える日本人が居住しているが、タイ最大の日本人関連組織であるタイ国日本人会でも会員が7000名程度である。公的な日本人組織に加えて、大学の同窓会や同郷出身者の集まりである県人会、スポーツや音楽といったサークルなど、様々な私的組織が存在している。こうした私的組織は、日本語フリーペーパーやインターネットの掲示板にて会員を募集しており、日本語のメディアの重要性と日本人会という公的組織を通さない日本人コミュニティの層の厚さをうかがい知ることができた。

反省と今後の展開

 今回のフィールドワークでは、チェンマイ、シラチャ、バンコクの各都市における在タイ日本人関連組織の活動内容の把握を行うことができた。これは今後の研究の基礎となる情報であり、各組織の比較や属性に応じた在タイ日本人の適応戦略の検討の際の材料となる。一方で、滞在時間の短さや自身のタイ語能力の低さが原因で、タイ社会との交渉に関しては十分な調査を行うことができなかった。したがって、今後の展開としては、今回のフィールドワークで得られた人脈を活かしてより詳細な聞取り調査を計画し、タイ語学習などの基礎的な能力を養いつつ、在タイ日本人のタイ社会との関係性という点に着目してさらなる検討を行うことを考えている。

  • レポート:菅原 考史(平成30年入学)
  • 派遣先国:タイ
  • 渡航期間:2018年10月1日から2018年10月30日
  • キーワード:日本人集住地域、日本人関連組織、適応戦略

関連するフィールドワーク・レポート

「タンザニアにおける広葉樹混交林の造成と管理に関する実践的研究」のための予備調査

研究全体の概要  タンザニアでは、農地の拡大や薪炭材の採集によって自然林の荒廃が急速に進行している。この研究では、林の劣化に歯止めをかける方策として、経済性を有した混交林の育成を前提に、国内での混交林利用に関する実態調査を実施した。広大な天…

南北分断期のベトナム共和国の仏教諸団体に関する研究

対象とする問題の概要  本研究では、植民地支配・独立・戦争・分断・統一という20世紀の社会変動とそれに伴うナショナリズムの高揚のなかで、各仏教諸団体がそれぞれの宗派(大乗・上座部)・エスニシティ(ベト人・クメール人)・地域(北部・中部・南部…

焼物を介した人とモノの関係性 ――沖縄県壺屋焼・読谷村焼の事例から――

研究全体の概要  沖縄県で焼物は、当地の方言で「やちむん」と称され親しまれている。その中でも、壺屋焼は沖縄県の伝統工芸品に指定されており、その系譜を受け継ぐ読谷山焼も県内外問わず愛好家を多く獲得している。 本研究ではそのような壺屋焼・読谷村…

モバイル・スクウォッターと公共空間の利用に関する人類学的研究――ネパールにおける露天商を事例に――

対象とする問題の概要  都市現象の一つであるスクウォッターを対象とした研究においては、都市計画がもたらすジェントリフィケーションに関連し、彼らがいかに特定の空間を占拠し続けるかという「生きる場」の獲得過程を記述してきた。その手段として個人や…

幻想と現実はいかにして関わっているか ―岩手県遠野市の「民話」文化と語りとの影響関係の調査―

研究全体の概要  「妖怪」は人間が身体によって触知した自然世界から生じた、人間の想像/創造の産物であるとされている[小松 1994]。本研究では、岩手県遠野市(以下、遠野)において、当該地域で伝承されてきた河童や座敷童子などの、一般に「妖怪…

モロッコにおけるタリーカの形成と発展(2018年度)

対象とする問題の概要  モロッコ初の大衆的タリーカであるジャズーリー教団の形成過程を明らかにするにあたり、教団の名祖ムハンマド・イブン・スライマーン・ジャズーリー(d. 869/1465)の思想と事績が重要となる。現在流布している伝記では、…