京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民の動態

シリア風手作りケーキ:
急須と桜模様のお皿でいただくことは、和洋折衷ならぬ和中東折衷を感じる(報告者撮影)

研究全体の概要

 本研究は、商才溢れるレバノン・シリア系移民が長期間にわたり築いてきた人的ネットワークに注目し、その中で2011年以降のシリア難民の動態と位置付けを探る。レバノンとシリアは1946年のフランスからの独立達成以前は、一括りの地域として扱われていた。1880年代以降に登場するレバノン・シリア系移民は、その商才を生かして、現在に至るまで世界各地で大きな社会的・経済的成功を収めてきた。一方で2011年シリア内戦以降のシリア難民はその惨状に焦点が当てられることが多い。しかし、レバノン・シリア系移民の時系列的な文脈から鑑みると、シリア難民も移住先でも商業で成功を収めた先駆者のネットワークを大いに活用し、それまでの同移民集団と同じように活躍する人も珍しくはないのではなかった。本研究は、そうしたシリア難民が持つ経済的潜在力に着目し、その実態を解明することをめざす。

研究の背景と目的

 レバノン・シリア系移民の移動の波は4つの潮流に分けられる。第三波(2000年代)頃までに国外に渡った同移民集団は、ブラジルに600万人、南米大陸の他地域に300万人、北米に300万人いるとされる。続いて、西アフリカ諸国、西欧、豪州、マシュリク地域に各50万人いると推定される[黒木2019: 237-247、IOM2004: 28]。彼らは、その商才を生かして現在に至るまで世界各地で大きな社会的・経済的成功を収めてきた。
 他方、移民の第四波と位置付けることができる2011年からのシリア内戦によって生じた600万人弱ものシリア難民に対しては、その惨状に焦点が当てられることが少なくない。しかし、シリア難民を同移民集団の時系列的な文脈にのせるならば、シリア難民も移住先でも商業で成功を収めた先駆者のネットワークを大いに活用し、それまでの同移民と同じように活躍する人も珍しくはなかった。
 本研究は、そうしたシリア難民が持つ経済的潜在力に着目し、その実態を文献資料収集と日本に住むレバノン・シリア系移民(シリア難民を含む)に対する聞き取り調査を通して解明することをめざす。具体的には、日本貿易振興機構アジア経済研究所図書館と国立国会図書館東京本館での文献資料収集によって量的調査を、首都圏に居住する同移民への聞き取り調査よって質的調査を行った。

マテ茶を片手にレバノン出身の詩人(絵の人物)について語る(報告者撮影)

調査から得られた知見

 上記の図書館では、レバノン、シリアの統計や関連する文献を収集することができた。
首都圏での聞き取り調査では、日本に約1000名のレバノン、シリア出身者がいるという情報をつかみ、実際に16名が聞き取り調査に応じてくださった。その中でも研究上重要と感じた語りを紹介する。
 商業に携わる複数のインフォーマントから、ビジネスに対するたくましい精神力を感じた。レバノン人が世界各地で商業的成功を収める理由に関し、レバノン人は努力家、真面目、勤勉、ビジネスの計算高い、それゆえの信頼の厚さなどの回答を得た。さらに、自身の可能性を信じ、他の事業も次々と展開するという、チャレンジ精神の高さを語った。また、シリア出身のインフォーマントが日本で職を手にする時、自身がいかにその仕事に適しているか、売り込んだ話を伺った。
 聞き取り調査を通し、日本語力が日本でのビジネス成功において大きな鍵となることを理解した。一方で、日本での生活において一番の障壁は食べ物だという回答の多さに興味深く感じた。
 「つながり」に関して顕著にみられたのは、シリア南部出身ご家族のご家庭に訪問し、マテ茶が振る舞われた時だった。マテ茶は中南米原産の飲料である。語りによると、19世紀ごろに南米に渡ったレバノン・シリア系移民が、帰国の際に彼らの故郷に持ち込んだとされる。ご家族の出身地でもマテ茶は好まれ、それは日本に来た後でも日常的に飲み継がれている。今回頂いたマテ茶はアルゼンチン産であったが、おそらく日本で購入されたものだと推測する。このマテ茶を片手に米国で移民文学の成功と発展に貢献したレバノン人詩人の話を伺った。語り手はこの詩人のファンであり、お子さんの名前は詩人の名に因んで付けたそうだ。さらに、レバノン人有名歌手の音楽を背後にシリアではどこを歩いても彼女の曲が聞こえると言った。まさしく、彼らの「つながり」の広さを実感した出来事であった。

今後の展開

 今回の調査は、首都圏が緊急事態宣言期間中であったため、感染対策上、文献資料収集や聞き取り調査が限られ、予備調査といった位置付けとなった。レバノン・シリア系移民にとって日本は、珍しく、遠く離れた地であった。だからこそ得ることができた語りもある一方で、今回の調査によってどれほどレバノン・シリア系移民ネットワークの全体像に迫ることができるかは今後さらに検討すべき点であろう。今後は、調査で得た知見を整理・分析し、引き続き文献資料収集、聞き取り調査を強化するとともに、レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民の動態について議論を展開していく。そして海外渡航が叶った際には、中東諸国、故郷・レバノンとのつながり、彼らの経済ネットワークの解明にも取り組みたい。

参考文献

 黒木英充. 2019.「レバノン・シリア移民の拡散とネットワーク」永原陽子編『人々がつなぐ世界史』ミネルヴァ書房, 233-258.
 International Organization for Migration ed, 2004. Arab Migration in a Globalized World. Geneva: IOM.

  • レポート:中西 萌(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)首都圏
  • 渡航期間:2021年2月21日から2021年3月6日
  • キーワード:レバノン・シリア、ネットワーク、商人、移民、難民

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