京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代トルコにおけるスーフィズム理解――スーフィー心理療法に着目して――

セマーダンスを受講したワークショップのアトリエ。他の体験も行っている。

対象とする問題の概要

 スーフィズムは音楽、詩、舞踊などを通して神や宇宙とのつながりや、神への愛を表現する。そして修行を重ねて魂を浄化し、個我からの解放と神との合一を目指す。このようなスーフィズムの実践を、セラピーとして癒しやストレス解消に活用させたものがスーフィー心理療法[1]である。スーフィズムと心に関する研究は2000年頃から注目され、進展中の研究分野である。
 トルコでは世俗化政策の一環として1925年からスーフィズムの宗教的活動は禁止されている一方、スーフィズムの旋回舞踊であるセマーはユネスコの無形文化遺産に登録されている。現在、セマーは儀式としてではなく観光文化資源として活用され、ショービジネスとしての役割を担っている。
 このような社会的背景を踏まえ、本研究では世俗主義によってスーフィズムの実践が困難になった現代トルコにおいて、スーフィー心理療法はスーフィズムが社会に適合した新たな一形態であるという仮説をもとに調査を進めた。


[1] スーフィー心理療法(Sufi psychotherapy)の「スーフィー」(Sufi)は、スーフィズム(Sufism)の形容詞的用法として使われている。一方、日本語の「スーフィー」はスーフィズムの形容詞的用法ではなく、スーフィズムを実践する人を指す名詞である。

研究目的

 本研究ではイスラームの世俗社会である現代トルコに着目し、スーフィズムの実践が憚られる状況で、いかにスーフィズムが認識・実践されているのかを、現代人のストレス緩和を目的とするスーフィー心理療法を通して分析する。そしてトルコ独自のスーフィズム観を解明する。
 スーフィー心理療法は1945年にトルコ人学者ヒルミ・ズィヤ・ウルケンが『スーフィズムの心理学』という論文を発表して以降、ネヴザット・タルハンの『メスネヴィー・セラピー』(2012年)やケマル・サヤの『スーフィー心理学』(2016年)など、スーフィズムとセラピーや心理学が接合する書籍がトルコでは多く出版されている。
 今回の調査ではスーフィー心理療法に関連する書籍の収集と、スーフィー心理療法およびスーフィズムの認識に関する聞き取り調査を行った。また、スーフィズムの伝統を実際に体感するためワークショップに参加した。加えて、語学力の向上にむけて語学学校に2か月間通った。

ガラタ・メヴレヴィーハーネシ博物館にて。渡航時はコロナの影響で舞踊は中止。
600リラのセマー・ショーに行くよう勧められた。

フィールドワークから得られた知見について

 今回の調査では2つの知見を得た。ひとつは、スーフィー心理療法はスーフィズムとは区分される形だという認識がされていた点である。もうひとつは、「スーフィズム」とされるものの境界が存在しているという点である。
 聞き取り調査では、スーフィー心理療法はスーフィズムが変化した新しい形なのかを現地のイスラーム研究者と大学院生に尋ねた。その結果、スーフィズムとスーフィー心理療法は重なる要素もあるが別物であり、新しい形ではないとの認識を抱いていた。また、伝統的なスーフィズムの営為ならばトルコ語でスーフィズムを表す「タサッヴフ」と表現するという意見も得た。
 私はこれまで大きく「スーフィズム」を括っていた。しかし彼らは「スーフィズム」と「タサッヴフ」はやや異なる部類だと認識しており、この意識はスーフィズムのカテゴリー化の着想にも関連する。
 資料収集のためイスタンブルの書店や図書館を訪れた際、スーフィズムとセラピーに関する書籍は『タサッヴフ』の本棚で見つけることはなかった。イスタンブルの書店を7か所回った結果、スーフィズムに関する書籍は主に『タサッヴフ』『(超)心理学』『自己啓発』の3つに分類されていることが分かった。
 『タサッヴフ』の棚にはスーフィズムの歴史や思想に関する書籍が分類されており、スーフィー心理療法に関する書籍を『タサッヴフ』に含む例は確認できていない。スーフィズムをセラピー的に扱う書籍は『心理学』に分類されている。また、スピリチュアルな内容を扱う『超心理学』の棚にはルーミーのタロットカードやスーフィズムの霊魂論に着目した書籍が並んでいる。そして『自己啓発』の棚には、若手スーフィー且つネイ奏者であるハカン・メンギュチの書籍が置かれている。
 このように、スーフィズムは大きな一つの範疇で捉えられない。スーフィー心理療法は伝統的な「タサッヴフ」の延長ではない宗教実践なのである、と仮説は覆された。

反省と今後の展開

 反省点は、スーフィー心理療法の施術者と利用者に話を伺えなかった点である。一方、今回の調査ではセマーダンスとオスマンタイルの絵付けといった、スーフィズムにまつわる2つのワークショップ(個人指導)に参加した。両者ともスーフィー心理療法という宣伝文句はないものの、どちらの講師も頭を空白にして何も考えないことを重要としていた。そしてその時間が瞑想になり、日常のストレスから解放されるのだという。この忘我の境地をスーフィズムではファナーと呼ぶ。このファナーこそがスーフィー心理療法の核であると予想している。
 今後は、『タサッヴフ』『(超)心理学』『自己啓発』で扱われるスーフィズムはどのような側面を切り取られ提示されているのかを分析する。同時に、タサッヴフとスーフィズムの微差や分類を内向きのスーフィズムと位置づけた場合に対する、ワークショップで観光客に伝える外向きのスーフィズムとの差異も分析したい。

  • レポート:藤本 あずさ(2021年入学)
  • 派遣先国:トルコ
  • 渡航期間:2022年7月16日から2022年10月1日
  • キーワード:スーフィズム、スーフィー心理療法、スーフィー心理学、スーフィー・セラピー

関連するフィールドワーク・レポート

2020年度 成果出版

2020年度における成果として『臨地 2020』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2020』院⽣臨地調査報告書(本文,10MB)ISBN:978-4-905518-32-7 発⾏者京都⼤学…

インドネシアの伝統的薬草療法ジャムウが地域社会で果たす役割について/健康増進・疾病予防・女性のライフイベントサポートの観点から

対象とする問題の概要  近年インドネシアは、急速な経済発展と生活様式の変化に伴い、生活習慣病や高齢化による慢性疾患が増加している。これらの疾患は、西洋医学だけで即座に根治しないため、先進国では、補完・代替療法(マッサージ・薬草等)を導入する…

ウガンダ南西部の人口稠密地域における異常気象による土壌浸食と農家の対応

対象とする問題の概要  ウガンダの人口は3400万人で、2014年までの10年間における人口増加率は3.03%と高い [UBOS 2014]。人口の急速な増加は1人あたりの農地面積の狭小化と作物生産の減少をすすめ、食料不足が発生することも懸…

ブータン農村開発における教育普及と今後

対象とする問題の概要  ブータンの国家政策において、初等教育の量的拡大は重要政策の一つと位置付けられてきた。国土の多くが山々に拒まれた地形であるが、それぞれの農村に小規模な学校を設置して教育機会を保障しようと努めてきた歴史を有する。このよう…

地方都市に生きる人々――ジョグジャカルタ都市部における「つながり」の現在――

対象とする問題の概要  伝統的な自然経済から工業化、産業化の高度発展のもとグローバル化が急速に進んだ今日、コミュニティそのものの在り方も大きく変動してきた[山田2020]。一方、都市部でありながら依然として村落共同体的な性格が色濃く残る場所…

ジブチ共和国における嗜好品カートの流通と販売に関する研究

対象とする問題の概要  東アフリカおよびイエメン地域ではカート(Catha edulis)というニシキギ科の植物が嗜好品として消費されている。カートについての研究はエチオピア、イエメンといった生産地を含む地域内での利用実態を対象としたものが…