ヒマーラヤ地域における遊びと生業――Sermathang村を事例に――
対象とする問題の概要 私がフィールドとするヒマーラヤ地域は、「世界の尾根」とも呼ばれるヒマーラヤ山脈の影響を様々に受けている。そしてもちろん、そこに暮らす人々にも、気候や経済活動などの面で影響は及び、ヒマーラヤ地域には独自の文化や産業があ…
北はラオス、東はベトナムと接するカンボジア北東部の山岳地帯、ラタナキリ州には伝統的には狩猟採集と独自の文化を営んできたとされる複数の先住民グループが存在している。現在彼らの生活は、国家による開発の対象となり、繰り返し改定される土地法の影響を受け、またクメール人との同化が進むなどの劇的な変化にさらされている。周辺国家や投資家に加え国際機関やNGOなど援助機関の注目も集め、ダム開発、プランテーション開発、教育や近代医療サービス開発、交通インフラ開発など、開発も多岐に渡る開発に注目する。なかでも、観光開発は注目に値すると考える。国内だけではなく、国外からの観光客もターゲットとするエコツーリズムの舞台として、近年期待が高まっているのだ。これらの観光開発はどのように進められ、その状況下で先住民の生活や彼ら自身のアイデンティティにどのような変化が見られるのだろうか。
本研究の目的は、カンボジア北東部における開発政策が、地域および住民に対して有する意味や可能性を、フィールドワークを通して考察するものである。そのために、特に近年期待が高まる観光開発に注目し、それらと生活変化に関わる諸相を明らかにする。それにより開発現象を、抑圧される側と抑圧する側という安易な二項対立ではなく、両者間に存在する複雑な関係を踏まえて再考することを目指す。加えて、彼らの先住民としての生活やアイデンティティは、変化するにつれより強く意識される可能性もあり、それらを記録することの重要性は高まっていると考える。また、Covid-19の影響で一度壊滅状態に陥った観光開発の現在の姿を捉えることで、観光人類学に対しても新たな知見を加えたい。その第一歩であったこの度の渡航においては、クメール語の習得に努めるともに、調査地域を決定し、その地域における観光開発と先住民の生活全体を把握することを目指した。
フィールドワークから得られた知見は、①観光に関するものと②生活変化に関するものの2つの内容からなる。調査地はラタナキリ州の州都バン・ルン中心部から南東へ約5kmに位置する観光地ヤックロム湖、北東へ約10kmのタンプアン族の村、東へ約30kmに位置するボケオ地区内のジャライ族の村である。
まず①観光に関するものとして、街全体や観光地において、先住民文化が全面的に押し出されていた。ラタナキリ州の州都バン・ルンでは、先住民の伝統衣装を身につけた銅像や、竹管で飲む壺酒を欧米人観光客が楽しむ様子や、豊かな自然をアピールする看板が散見された。ヤックロム湖ではさらに顕著である。この湖の創造逸話には、クメール人側の物語が2種類、先住民側の物語が1種類存在するが、観光地では、先住民文化が強調される様子が顕著だった。銅像や看板はもちろんのこと、彼らの家屋を模した建造物が点在し、土産物には伝統衣装や壺酒がずらりと並ぶ。また、湖畔には貸衣装屋が存在し、やってきた観光客たちは先住民のコスプレと写真撮影を楽しむことができる。このように、ヤックロム湖は美しい景色と水遊びを楽しめるエコツーリズムスポットであるが、同時に先住民文化が意識的に創造される場でもあった。
次に②彼らの生活変化の一面を把握することができた。例えば聞き取り調査の中で、ジャライ族の村ではキリスト教が広まり、独自のアニミズムを信仰している人はいないという発言があった。ジャライ語には本来文字が存在しないが、ラテン文字を用いた聖書の書籍やスマートフォンのアプリが存在する。また村にはクメール人も多く、共に生活している。一方で、ジャライ族同士の会話にはジャライ語を使用し、病人に対しての振る舞いや食文化、喫煙や籠編みの習慣など、彼ら独自の文化とされるものも散見された。このように外部文化と伝統文化が融合しており、生活変化のダイナミズムの一片を捉えることができた。
この度の調査では、クメール語の習得に努めるともに、調査地域における観光開発と先住民の生活全体を把握しようとした。これらの目的を達成するために、多くの時間を語学学校での学習に費やし、チャンスをとらえて調査地域への訪問を行うことができた。もちろん、修士論文として提示できる一次資料の収集には至っていない。他方で、今回の調査で予定していた、先住民図書館への訪問は行うことができなかった。加えて、観光に関わる人々や団体との繋がりが作れていないなど、課題は多い。これらの課題を踏まえつつ、今後はクメール語のさらなる上達を目指すとともに、この度訪れた村において、より長期の調査を行う準備を進める。さらに、先住民図書館や関連団体を訪問し調査の範囲を広げてゆくことで、調査対象者を増やしていく予定である。
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