京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

20世紀初頭におけるシャムの綿花栽培政策

写真1 国立公文書館

対象とする問題の概要

 20世紀を迎え、産業革命の中心にある綿はグローバルコモディティになり、海外進出を試みる帝国の発展と深く繋がっている。近代化を遂げた日本もこの商品作物のグローバルネットワークに加わった [Beckert 2015]。1887年に正式な関係を結んで以来、帝国日本はシャム(現在のタイ)綿花栽培事業の創立を試みた。その中で南進論思想の影響で綿花プランテーションの労働者や経営者として日本から人口を移住させる入植者植民地主義ととらえられる計画も提案された。特にシャム政府に雇われた法律顧問官政尾藤吉は在勤中にシャムに綿花栽培を向いた地域を見出し、1913年に日本に帰還してから熱心にシャムへの綿花栽培を唱え、綿業に関わる実業者・商人を惹きつけた [石井・吉川 1987; Iida 1991]。しかし、シャム側がこの綿花栽培をめぐってどう考え、対応したかまだ明らかになっていない。

研究目的

 本研究の目的は文献調査を通し、綿花栽培に対するシャム政府の政策を明らかにすることである。対象とする資料館は、タイ国立公文書館と国立図書館である。タイ国立公文書館には政府の公文書が、国立図書館には出版物や雑誌が保存されている。特に農務省の資料を中心に調査をする。これらの資料の調査を通し、今回の調査では二つのことを試みる。
 1.20世紀初頭においてシャム政府が国内での綿花栽培に対してとった政策・姿勢を把握する。
 2.近現代タイ史を研究している歴史学者と交流する。

写真2 農務省による出版物

フィールドワークから得られた知見について

 滞在の前半は国立公文書館で史料を調査した。今回とりわけ注目したのは農務省の農業局の資料である。そして、後半は国立図書館で調査した。当館の蔵書では20世紀初頭に農務省から発行された本と雑誌を見つけた。
 次に得られた知見を述べたい。シャム政府の綿花栽培の奨励政策は1910年に始まった。1908年に赴任した農務大臣プラヤー・ウォンサーヌプラパットは1907年以来米穀不作の状況を受け、1909年9月に各モントン(州)に農務官を任じ、農商状況を調査させた。それに基づき、農務省は米・ココナツ・ゴム・綿の栽培を奨励する政策を敷き、ピサヌローク州を綿花栽培の中心を選んだ。この奨励政策は輸入した綿樹を配ったり、買い手を探したり、綿繰り工場を設置したりといったものである。このピサヌローク州の綿花栽培には日本の実業者及び政府も関心があったと見られる。1910年代に数回にわたって在シャム日本領事館は日本人の実業者を現場へ案内するよう農務省に依頼した。1917年の資料によれば主な輸出先は香港と日本である。その一方でいくつかの問題も発生しており、第一次世界大戦の影響によってヨーロッパへの輸出が不可能になり、包装と保管の施設が不便であったりした等である。1913年に新たな農務大臣としてラピー王子が赴任した後も綿花栽培の奨励政策は続いたが、1919年にチャオプラヤー・ポンラテップが農務大臣になると、政策の方向を変更したとみられる。
 筆者は資料調査を行った以外にも多くのタイ近現代史の歴史学者と交流した。受け入れのチュラロンコーン大学文学[1]部歴史学科が”Circumventing the Cold War Divisions: A Glimpse from the History of Indo-Thai relations”という題目で開催したセミナーに参加し、発表者のPatcharaviral Charoenpacharaporn先生と話をした 。タイ・日関係をグロバール文脈に位置づけ、自分の研究に活用するための理論の立て方を学んだ。


[1] 当大学は学部と大学院を別の機関として扱っていない。

反省と今後の展開

 今回の調査ではシャム側の資料が多く見つかり、20世紀初頭におけるシャム政府の綿花栽培奨励政策の展開を十分に理解できた。それに加えて、他の学者との交流により今まで知らなかったデジタルアーカイブを紹介してもらい、自分の研究に対する新たな見解を得られた。一方、反省点としては資料の保存場所の確認が不十分で、国立図書館では見つからず他の図書館に所蔵されていた場合もあった。また、国立公文書館では新聞のマイクロフィルム資料をさして調べられなかった。保存方法は年だけで分けて保存されており、月日が分らなければ調べにくい。まずシンガポールの新聞デジタルアーカイブで日付を確認した上で国立公文書館に調べにいくという方法を別の研究者に助言してもらった。今後の展開では経済に対する影響を把握するために貿易統計と日本側の資料を調査したいと考える。

参考文献

 Beckert, S. 2015. Empire of Cotton: A Global History. New York: Vintage Books.
 Iida, J. 1991. Japan’s Relations with Independent Siam up to 1933: Prelude to Pan-Asian Solidarity. Bristol: University of Bristol (PhD dissertation).
 石井米雄・吉川利治.1987.『日・タイ交流六〇〇年史』講談社.

  • レポート:Roongruang Dom(2024年入学)
  • 派遣先国:タイ
  • 渡航期間:2024年8月12日から2024年9月27日
  • キーワード:商品作物、綿、農業政策

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