京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

タイ人女性の西欧諸国への国際移動に関する研究

写真1 タイ東北部ウボンラチャタニー県の風景。田畑が広がる。

対象とする問題の概要

 本研究は、現代社会における多様化するタイ人女性の国際移動の形を捉えようとするものである。
 タイ人の国際移動は、工業化や地域間の経済格差といった社会経済的背景から1970年代以降に増加し始めた。本研究で着目するタイ人女性に関しては、教育を十分に受けられず、貧困に苦しむ東北部、北部をはじめとした農村部出身者が国外にて、サービス業、家事労働、縫製業、に従事するケースや、労働者としてではなく、国際結婚を通して国外へと移動するケースが見られる。これらの背景には、冷戦中そして冷戦後の国際的なセックスツーリズムの活発化があり、性産業と結婚は、1970年代以降のタイ人女性の西欧諸国への移動に大きく影響している。
 こうした時代背景により、現代においてもタイ人女性の国際移動の動機や契機に関して、不平等さやセックスツーリズム、その他の社会問題に関わるステレオタイプが存在している。

研究目的

 1970年代以降から増加したタイ人女性の西欧諸国への国際移動の個人的背景については、これまで貧困から脱出することを目的とした出稼ぎ労働や国際結婚を中心に研究されてきた。そこで、本研究では、今日におけるタイ人女性の西欧諸国への国際移動の契機や動機、それにつながる移住経路を明らかにし、それらが現代タイ社会からどのような影響を受けた結果なのかを調査する。

写真2 チェンマイ旧市街のナイトマーケットの様子。西洋人観光客が多く訪れていた。

フィールドワークから得られた知見について

 今回の調査では、首都バンコクを拠点として、多くの女性を海外に送り出しているタイ東北部と北部[1]にも訪れた。国際移動を経験し、現在西欧諸国で暮らすタイ人女性2人[2]へのオンライン・インタビューとアンケート、現地で出会った人々との会話から知見を得た。
 インタビューで得られた国際移動の動機に関する回答は、先行研究にも挙げられているように貧困からの脱却や家族への支援が主であり、教育レベルが低いため、タイ国内にて高収入の職業を見つけるのは困難であるが、海外ではあれば学歴関係なく就ける仕事があり、給料もタイと比べて高いため、海外で働く方が良いとの考えからであった。また、「自分のより良い生活のため」という声もあった。
 両者の国際移動には、友人のネットワークが関係していた。結婚が移動の契機となった対象者は、現夫を友人から紹介された。労働が契機となった対象者は、友人が先に西欧諸国で働いており、彼女からの情報をもとに国際移動することを決めた。移住経路としては、まず現地の移民を対象とした職業訓練も兼ねた語学学校に入学し、学生ビザを取得した。その後、右往曲折を経て、タイ在住時の職業と関連のある看護系の定職に就き、安定した生活を送っている。労働を目的とした移動では、エージェントを使う場合も多く見られるが、対象者のように個人のネットワークだけを頼りに、現地への移住・就職方法を模索しする場合もあり、今日における移住経路は多様であると考えられる。
 また、バンコクに限らず、東北部や北部では、ノマドワーカーとして長期滞在している西洋人が多く見られ、西洋人とタイ人とのミックスがそこで英語教師として働いているなど、西洋人とタイ人との交流は日常化しており、教育水準が低いとされている地域でも、比較的高い英語力を習得している人も見受けられた


[1] ウボンラチャタニー県とチェンマイ県
[2] 2人とも東北部出身者であり、在外歴は10年以上である。

反省と今後の展開

 反省点としては、テーマが定まらず、調査のために十分に行動できなかったことである。また、タイ語の習得が不十分であったため、インタビューは英語中心となり、対象者の声を拾いきれなかった。
 今後の展開として、より多くの対象者にインタビューを行い、今日におけるタイ人女性の移動現象の多様性とそれを生み出す現代タイ社会の姿を捉えていきたい。

参考文献

 山本博史.2002.「タイ人の国外就労における移動労働の経済・社会的背景」茨城大学地域総合研究所編『国際結婚におけるタイ人女性の現状』(委託調査報告書), 10-20.
 Fresnoza-Flot, A., Sunanta, S. 2022. Challenging Stereotypes in Europe-Thailand Transnational Migrtion: Non-conventional Unions, Mobilities, and (Re) productive Labor. Advances in Southeast Asian Studies, 15(1): 139-157.

  • レポート:松村 琴音(2024年入学)
  • 派遣先国:タイ王国
  • 渡航期間:2024年10月17日から2025年2月5日
  • キーワード:国際移動、タイ、ジェンダー

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