京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

歴史を踊る――タマンの儀礼における主体化の反復――

写真1 猪踊り

対象とする問題の概要

 ネパール国家の形成過程において周縁化されてきた先住民族(adivasi janajati)のひとつであるタマン(Tamang)にとって、儀礼とはたんなる伝統の残存や、1990年代以降に顕著となったアイデンティティ・ポリティクスの手段としてのみ理解されるべきではない。既存研究は、歴史的テクストとしての朗誦 [Höfer 1981]や、儀礼による社会秩序の再生産 [Holmberg 1989]、あるいは民族運動の根拠となる真正性 [Tamang 2009]に焦点をあててきた。しかし、これらは儀礼をあくまで一次的な歴史的事実に対する二次的な表象、機能、資源としてあつかうにとどまり、人びとにとって儀礼それ自体が固有の歴史を構成する実践である可能性をじゅうぶんに検討してこなかった。

研究目的

 本研究の目的は、タマンの人びと自身が「歴史(itihas)」そのものであると語る儀礼の実践を分析することである。かれらにとって歴史とは、ラマ(lama;仏教の僧侶)の書物に記された文字として存在するだけでは不十分である。人びとが歌い、踊るとき、かれら自身の歴史は現実のものとして経験される。本研究ではダディン郡ルビバレー地域の祭礼マンシル・マネ(mangsir mane)の中心をなす二つの踊りに注目し、それが歴史そのものであるとしたら、いかなる様態としてそう存在しうるのかを考察する。実践の場に立ち現れる他者/自己の表象と喚起を記述することにより、実証史学を前提とする既存研究では捨象されてきた儀礼の歴史性を民族誌的に概念化することを試みる。

写真2 馬踊り

フィールドワークから得られた知見について

 セルトゥン集落でビクラム暦マンシル月(西暦11–12月)に開催される祭礼マンシル・マネでは、各氏族の男性が猪踊り(doga syaba)と馬踊り(ta syaba)を演じる。二つの踊りは祭礼の中核をなし、セルトゥンを構成する四つの小集落の持ち回りで、およそ1週間ごとに繰り返される。猪踊りは、11世紀チベットの聖者ミラレパが手負いのイノシシを救い、それを追ってきた猟師を仏教に帰依させた説話にもとづく。演者は竹籠で編まれた仮面を被り、猪と猟犬に扮して荒々しく転げ回る。馬踊りは、1788–1792年の清・ネパール戦争のさなか、タマンの人びとが両軍に和平を呼びかける物語である。赤と白の布張りの馬にまたがった男性や、女性の衣装をまとった少年たちが二つの軍に分かれて戦闘と調停のパフォーマンスを繰り広げる。
 この儀礼の核心には、ホルムバーグ [Holmberg 2006]がボンボ(bombo;シャーマン)の治癒儀礼に見出した主体性の変容と同様の構造が認められる。二つの踊りが交互に演じられる過程で、人びとは仏教的権威から呼びかけられるものとして、また和平を呼びかけるものとして、受動的なものから能動的なものへの変容を反復する。しかし、ここには重要なパラドックスがある。演者たちが実際に演じるのは、仏教に帰依する猟師や、戦争の調停者というタマンの自己そのものではない。踊られるのはつねに、猪、猟犬、馬、あるいは異国の戦士や女性といった他者である。馬踊りの演者である二人の少年は白いターバンと黒い化粧と付け髭をまとい、「プリトビ・ナラヤン・シャハ!」とかつての征服者であるゴルカ王の名を叫んだ。演者たちは他者の模倣をとおして、呼びかけ、呼びかけられる主体としての自己を不在のままに立ち現す。こうして、人びとは自らの歴史を踊る。しかし、それはたんなる過去の出来事の表象ではない。かれらは自ら他者となり、いまだ存在しない自己の主体化を反復するのである。

反省と今後の展開

 以上の考察は、数ある儀礼のなかでもセルトゥンのマンシル・マネに関するきわめて限定的なものである。隣接するボラン集落のマネでは、もはや布張りの馬がつくられないにもかかわらず、「馬踊り」が演じられていた。今後は人びと自身による解釈の変異もふまえて、実践の場における身ぶり、言葉、道具の連関をより精緻に記述することが必要である。また、ボンボによる巡礼、ラマによる死の儀礼、氏族の司祭による土地神の崇拝、さらにここ30年ほどで急増したクリスチャンによる集会など、多様な実践を同様の歴史性という観点からとらえうるかどうかは未解決の課題である。特定の儀礼を孤立させてあつかうのではなく、ほかの儀礼や日常的実践との差異化のプロセス――いかに儀礼化されるか――という相関的な視座から、儀礼的なものをとらえなおすことが求められる。

参考文献

 Höfer, A. 1981. Tamang Ritual Texts I: Preliminary Studies in the Folk-Religion of an Ethnic Minority in Nepal. Wiesbaden: Franz Steiner Verlag.
 Holmberg, D. H. 1989. Order in Paradox: Myth, Ritual, and Exchange among Nepal’s Tamang. Ithaca: Cornell University Press. 2006. Transcendence, Power and Regeneration in Tamang Shamanic Practice, Critique of Anthropology 26(1): 87–101.
 Tamang, M. S. 2009. Tamang Activism, History and Territorial Consciousness. In David N. Gellner ed., Ethnic Activism and Civil Society in South Asia. New Delhi & London: SAGE, pp. 269–290.

  • レポート:𠮷田 巖嗣(2024年入学)
  • 派遣先国:ネパール
  • 渡航期間:2025年8月2日から2025年12月19日
  • キーワード:儀礼の歴史性、呼びかけ、他者の模倣

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