京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

モザンビーク北部ニアサ州における住民の取水と水利用 /水の選択に影響を及ぼす要因

ハンドポンプ式井戸の水汲みと順番を待つ人たち

対象とする問題の概要

 世界で安全な水にアクセスできない人の二人に一人がサハラ以南アフリカに住む。2030年までに全ての人々が安全な水にアクセスできるというSDGsの目標達成のためには、サハラ以南アフリカにおける水不足の解決は重要課題である。しかし、国際社会の議論においては、現地の水資源はおしなべて「安全ではない」と否定され、住民たちの水利用に関する知識や実践は注目されてこなかった。そしてハンドポンプなどの給水施設の建設やその維持管理の支援に関心が集中してきた。
 モザンビークはサハラ以南アフリカの中でも給水率が低い国の一つであり、調査地のニアサ州はモザンビークで最も給水率が低い地域である。ハンドポンプなどの建設プロジェクトが進む一方、その持続可能性については問題視され続けている。そこで、限られた水資源の中で、住民たちが様々な水源の水をどのように捉え、それを利用しているかを理解することが、水不足の問題解決にとって重要である。

研究目的

 本研究の目的は、住民たちが生活の場面に応じて適した水をどのように使い分け、水の種類をどのように区別し、入手しているのかを調査することで、住民たちの水への捉え方を明らかにすることである。WHOとUNICEFが定める「安全な水」が採取できるとされる井戸がある村でも、住民たちは川やため池、雨水などの井戸以外の水源も利用しながら、水を継続的に入手し、井戸の故障時や乾季などの水不足の時にも対応してきた。また、井戸が近くに位置しているにも拘らず、あえて遠くの井戸以外の水源を使うケースもあり、井戸の利用が必ずしも住民たちのニーズと一致しているとは言えない。そのため、本研究では、住民たちの水利用の経験や水に対する認識に着目する。
 この研究を通し、住民たちの水への捉え方を理解することで、アフリカの水不足の問題に対し、現地に合った新しいアプローチを見出すことが期待される。

雨が降った翌日に、泉の掃除をする家族

フィールドワークから得られた知見について

 調査地はモザンビーク北部に位置するニアサ州ムエンベ郡のヤオ人が住むLussengewe村という約300世帯程のコミュニティである。住民のほとんどが農業従事者であり、主にタバコとトウモロコシを栽培している。村にはハンドポンプ式井戸、浅井戸にチューブを取り付けた簡易水道、小川、湧き水をためた泉、ダムと呼ばれる比較的大きな池の5種類の水源がある。住民へのヒアリングにて、井戸の水が最も綺麗で、小川の水は、流れがゆるく汚れが流れていかないため飲み水に適さないという発言を耳にした。それ以外の簡易水道や泉の水は白濁しており、一見飲むのに抵抗があるが、住民たちは良い水だと言い、飲み水としても利用されている。
 しかし、雨が降ると、泉の水は翌日からぱったりと飲まれなくなる。雨が降ると土が水の中に流れ込むため、一度全ての水を汲み出して新しい水が湧くまでは飲めないと言う。その一方で、流れがゆるく汚れがたまりやすいとされる小川は雨で増水することで、汚れが流れ、綺麗になると言う。また、水源以外に雨水も飲み水として利用されるが、乾季と雨季の間の降り始めの雨は、土埃が混じっていて綺麗ではないと見なし、雨季に入ってからもしばらくは雨水を貯めることはしない。このことから、彼らの水に対する良し悪しの判断は、色の有無や透明度の高さと言った見た目の綺麗さではなく、土の影響や水の流れが関係していると考えられる。
 なお、水汲みは女児と女性の仕事であり、水源の管理は主に女性が行っている。泉は女性たちの力で掘られ、雨が降った後は、近所の女性たちが集まって水を汲み出し、掃除している。このような水源の管理に伴う労働に対してお金は発生していない。しかし、男性の独居老人や小さい子どもだけの水汲みの担い手がいない世帯では、本人が体調不良や農作業で忙しい場合、親戚の子どもや近所の女性に頼まなければならず、その場合は水汲みに対する対価としてお金が発生している。

反省と今後の展開

 調査地の約300世帯のうち、ハンドポンプ式井戸を利用している世帯は半数程であり、井戸が遠い世帯は家の近くにある簡易水道や泉などの水源を好んで使う傾向があった。しかし、近くに井戸があっても、少し離れた泉を利用するケースが多々見られ、水源の選択にどのような要因が影響しているか関心を持った。井戸の利用料の徴収はその利用を敬遠する理由としてよく耳にするものの、世帯収入調査を行う限り、井戸の利用者と非利用者で現金収入の格差は見られなかった。
 住民への聞き取り調査では、井戸待ちの混雑とそれに伴ういざこざ、長時間の利用によって汲み上げが難しくなることが挙げられた。しかし、今回の調査では、作付けのために畑へ移ってしまう人が多く、十分なヒアリングができなかったため、今後詳しく聞き取り調査をする必要がある。次回の調査では、調査対象者の拡大と詳細なヒアリングを実施し、水源の選択に影響を及ぼす要因を明らかにしたい。

参考文献

【1】“Progress on Drinking Water, Sanitation and Hygiene Update and SDG Baselines 2017”, WHO UNICEF(https://www.who.int/mediacentre/news/releases/2017/launch-version-report-jmp-water-sanitation-hygiene.pdf),2019年12月12

  • レポート:近藤 加奈子(平成31年入学)
  • 派遣先国:モザンビーク国
  • 渡航期間:2019年9月1日から2019年12月1日
  • キーワード:水、井戸、水汲み、選択

関連するフィールドワーク・レポート

ザンビア都市部におけるワイヤーおもちゃの製造と廃材および固形廃棄物の利用

対象とする問題の概要  本稿は、ザンビア都市部の家内工業によるワイヤーおもちゃの製造と廃材の利用に関する調査報告である。ワイヤーおもちゃ(Wire toys)とは、銅、スチール、アルミなどの金属製のワイヤーを用いて乗物、動物、生活用品などの…

ルサカ市周縁の未計画居住区における生活環境の糞便汚染実態の調査

対象とする問題の概要  下痢は世界における死因の中で最も重大なものの1つである。特にアフリカでは下痢は重大な問題で、2019年に世界で150万人の人が下痢が原因で亡くなっているが、その約3分の1となる49万6千人がアフリカで亡くなったと報告…

インドネシア・リアウ州における泥炭火災の特徴とその発生要因の解明

対象とする問題の概要  インドネシアでは泥炭地で起きる「泥炭火災」が深刻な問題となっている。泥炭火災とは、泥炭地で起きる火災である。泥炭地は湿地内で倒木した木が水中でほぼ分解されず、そのまま土壌に蓄えられた土地であり、大量の有機物が蓄えられ…

小笠原諸島において気候変動の影響をうけるアオウミガメの保全と利用

研究全体の概要  小笠原諸島は気候変動の影響を受けやすいアオウミガメの世界的な産卵地として知られている。そしてまた、アオウミガメの保全と食利用が同時におこなわれている珍しい地域である。しかしながら、アオウミガメの保全と食利用についての包括的…

観光によって促進される地域文化資源の再構築と変容/バンカ・ブリトゥン州の事例から

対象とする問題の概要  私は現在、インドネシアのバンカ・ブリトゥン州に着目し、観光産業が現地の地域文化資源の再構築と変容に果たす役割を研究している。同州は18世紀以降世界的な錫産地であったが、近年は枯渇してきており、錫に代わる新たな産業のニ…