京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ムリッド教団の宗教組織ダイラの編成原理に関する研究

ハサイドを詠唱するMのダイラ

対象とする問題の概要

 本研究で対象とするダイラとは, セネガルのムスリムによって, 主に都市部において結成される宗教組織である. 特に、ムリッド教団のダイラは、都市化の際に重要な役割を果たした。都市化が始まった頃、首都のダカールはティジャニーヤ教団の信徒が多数を占めていた。そのような状況に対し、農村部から移住したムリッド教団の信徒は、ダイラを結成し、定期的に集まって信徒同士で結束することによって、都市部に生活の基盤を築き上げていったのである。ダイラの編成原理は多様であり, 共通のマラブー, 共通の地域, 共通の職業などの単位で構成される. 活動内容はダイラ毎に異なるが, 宗教詩ハサイドの集団詠唱, 教義の学習, トンチン, 教団本部への献金活動, 宗教行事の準備などが主に行われる. このような活動を行う伝統的なダイラに加え, 近年では, 教団のシンクタンク的性格を持つダイラなど, 新しいタイプのダイラが結成されるようになっている。

研究目的

 元々、ムリッド教団のダイラは、マイノリティであった信徒が団結を強めて都市で生き抜くための組織であった。しかし、都市化に伴って信徒数が増加し、ムリッド教団がマイノリティではなくなった現在、ダイラの活動が多様化してきていることが指摘されている。本研究は、ダイラの組織構造とルールに着目し、ダイラの編成原理と活動内容の多様化の関連について分析することを目的とする。今回のフィールドワークでは、主に以下の2つのダイラを対象として調査を行った。1つ目は、グラン・ダカールの地区の住民によって構成されるMのダイラである。Mの ダイラは、インフォーマルセクター従事者を中心に参加者を集めており、伝統的なダイラとして位置づけられる。2つ目は、保健省職員によって構成されるCのダイラである。Cのダイラは、新しいタイプのダイラとして位置づけられる。

グラン・ダカール地区の人々と協力し、祝祭時にコーヒー配布を行うMのダイラ

フィールドワークから得られた知見について

 Mのダイラは、ダカール市グラン・ダカール郡に拠点を置いて活動している。Mのダイラは、同じ地区に住む人々からなるが、職業は商人、職人、学生など多様である。活動として、毎週水曜日の夜に、ハサイドの詠唱と寄付の集金が行われる。また、ラマダーン月には、地区の人々を対象としたパンやコーヒーの配布などが行われる。Mのダイラは、宗教指導者が運営しているわけではなく、参加者間で選ばれた代表や会計を中心に、自分たちで活動内容の全てを決定している。また、多様な職業・年齢の信徒が加入していることから、寄付や集金をはじめとする活動への参加は任意となっている。
 保健省職員によって構成されるCのダイラは、ムリッド教団の教義に従い、地方部のクルアーン学校で学ぶムリッドの子ども達を対象とした健康診断と、宗派を問わず一般の人を対象とした献血活動を行っている。これらの活動は、参加者間の会議の結果、自分たちの強みを活かしてイスラームの教えの実現のために貢献できるからという理由で決定された。活動資金は、全て自分たちの寄付によって賄われている。Cのダイラは、健康診断に関しては、宗教指導者の指示に従って活動を行っている。しかし、その宗教指導者は、会議の中で、イスラームの教えを追求するために最適な教育者として参加者の側から選ばれていた。また、Cのダイラにおいても、寄付や活動への参加は任意であった。
 MのダイラとCのダイラの事例にみられるように、規約や活動の決定は、ムリッド教団や宗教指導者によって一元的に管理されているわけではなく、それぞれのダイラに委ねられている。信徒が自主的に活動内容を決定できるという組織構造とルールが、都市部におけるムリッド信徒の社会階層の多様化に合わせて、それぞれのダイラの多様化をもたらしたと考えられる。

反省と今後の展開

 今回のフィールドワークでは、主に同一地域の人々からなるMのダイラと、同業者からなるCのダイラに焦点を当てて調査を行った。しかし、代表や会計などダイラの中でも重要な位置にいる人への聞き取り調査が中心で、役職を持たない一般の参加者への聞き取り調査が少なかった。そのため、今後は、普段の集まりに参加しない人や既にダイラを辞めた人などへの聞き取り調査も行い、MのダイラとCのダイラの実態をより多面的に捉える必要がある。また、都市社会におけるダイラの全体像を明らかにするために、同じ指導者を崇拝する人々からなるダイラや学生のダイラなど、MのダイラとCのダイラ以外のダイラも視野に入れた調査を行ってゆきたい。

  • レポート:殿内 海人(平成28年入学)
  • 派遣先国:セネガル共和国
  • 渡航期間:2018年9月1日から2018年10月10日
  • キーワード:セネガル、宗教組織、ダイラ、編成原理

関連するフィールドワーク・レポート

「アイヌ文化」を対象とした民族展示の調査

研究全体の概要  本研究は、民族文化の表象をめぐる問題を考察していくために、博物館展示のあり方を比較しようとするものである。本調査では、日本の先住民族であるアイヌに着目し、その中心的居住地である北海道の博物館・資料館の展示を対象として「アイ…

ナミビア・ヒンバ社会における「伝統的」及び「近代的」装いの実態

対象とする問題の概要  本研究は、ナミビア北西部クネネ州(旧カオコランド)に居住するヒンバ社会の「伝統的」及び「近代的」装いを記述するものである。ヒンバはナミビアの代表的な民族である。腰に羊の皮や布のエプロンをつけ、手足、首、頭などに様々な…

現代中央アジアにおける安全保障問題の取り組み ――北海道大学での文献調査――

研究全体の概要  本調査では、ソヴィエト連邦崩壊後の中央アジアにおける国際関係を題材にした、文献(学術書、ジャーナル、ニュース)を収集することで、研究に必要なデータの確保を目的としている。1991年以降、中央アジア情勢の変化は国際政治の中で…

タナ・トラジャの棚田における耕作放棄の利用について 水牛飼料の草地に着目して

対象とする問題の概要  現在日本国内において、特に平野部が少なく生産効率性の低い中山間地域にて耕作放棄地の増加が問題となっている。中山間地域では山々の斜面上の棚田において米を生産することが多いが、その棚田の耕作放棄地化が増加している。耕作放…

「幻想的なもの」は「現実的なもの」といかにして関わっているか ――遠野の「赤いカッパ」をめぐって――

研究全体の概要  「幻想的なもの」は、「現実」としての人間の身体の機能から生じながらも、身体の次元をはなれて展開している。そして、この「幻想」が共同生活や言語活動によって否定的に平準化されていく過程を通じて、社会を形成する「象徴的なもの」に…