「幻想的なもの」は「現実的なもの」といかにして関わっているか ――遠野の「赤いカッパ」をめぐって――
研究全体の概要 「幻想的なもの」は、「現実」としての人間の身体の機能から生じながらも、身体の次元をはなれて展開している。そして、この「幻想」が共同生活や言語活動によって否定的に平準化されていく過程を通じて、社会を形成する「象徴的なもの」に…
世界各地ではさまざまな先住民問題が発生しているが、中でも「土地」に関する問題はよく争点となっている。南部アフリカ一帯で遊動生活をしてきた狩猟採集民サンは、アフリカ地域における土地問題のでもとりわけ注目されてきた存在である。本研究では、紀元後から現在に至るまで、サンと外部社会の接触領域となってきたナミビア北中部を調査地とする。ナミビアは1990年に独立し、国連が建国に関わった。その憲法には、アパルトヘイトや部族主義を排し、不利な立場にある市民を保護することを明記するなど、歴史的反省を踏まえた先進的な考えが導入されている。中でも、本研究の調査地であるナミビア北中部のオハングウェナ州オコンゴ地区エコカ村は、サンの定住化をはじめとする開発政策の成功例として知られている。しかしエコカでは、独立後から現在にかけて近隣民族オバンボとミクロレベルな土地問題が発生しており、サンの生活にも変化が起きつつあるという現状も報告されている(Takada 2015)。
本研究の目的は、サン社会、とりわけ当該地域でマジョリティの!Xun社会において、各アクターとの関係の移ろいと共に柔軟に変容していった生業活動と、それに伴う土地利用の変容に着目し、!Xun社会の土地をめぐる外部社会との関わり方を明らかにすることである。また、長期的に外部社会と積極的に関係を継続させながらも、グループとしてのアイデンティティの境界を維持してきた特徴をもつ当該地域の!Xun社会に焦点を当てることで、近年の狩猟採集民研究で重要視されているサンの主体性をより明確に議論に反映することを試みる。初期のサン研究では、人類社会の原型について考えるための鍵としてサン社会を捉える伝統派と、サン社会は南部アフリカ地域社会おける政治経済的な歴史の中で形成された下層階級の集合体であるとする修正派の主張が対立してきたが、両者の議論は極端であり、双方をつなぎ、サンの主体性をより反映する議論が必要である(Takada 2015)。
国立図書館と国立文書館を拠点とした文献調査と、エコカでの現地調査を実施した。文献調査では、ナミビアの独立以前まで遡って土地利用と土地政策の歴史に関する資料の収集を行った。ナミビアは1884年から1915年までドイツの植民地下にあり、1915年から1990年までは南アフリカの委任統治下にあった。また、植民地化以前には宣教団がすでにナミビアを訪れ、活動を開始していた。こうした歴史から、当時の政府や宣教団の残した公的な記録や年次報告書、役人同士の私信までもが国立文書館に保存されている。本研究では、近隣民族で農牧民のオバンボ、宣教団、(植民地・委任統治)政府を主なサンを取り巻く外部社会として設定しており、これらのアクターが辿った歴史に関する資料の収集を行った。また、渡航期間中に独立以降2回目となる全国土地会議が開催された。会議は終日中継されていたためテレビを通じて会議の様子を観察したほか、会場へ出向き、会場外で小規模なデモ活動を行う人々を観察した。会議では先住民の土地返還要求の受け入れや土地不足による外国人農地の接収など、今後の政策を左右する重大な決定が下された。
エコカでは、GPSを用いた土地利用調査と聞き取り調査を行った。Ministry of Land Reformの役人やヘッドマンへの聞き取り調査も実施した。サンを対象に食事内容やオバンボの下での労働に関する調査、生業に関係する聞き取りを行った結果、サンとオバンボは日常生活レベルで密な関係を構築していることが改めて裏付けられた。また、オバンボを対象に世帯の基本情報や農地面積の聞き取りを行った結果、エコカでは土地不足が深刻な問題となっていることが明らかになった。エコカには新規に割り振る土地が残されておらず、親から独立して土地を得るためには村外へ転出する他ない状況であり、既存の農地も十分ではないとの意見が過半数を占めていた。サンは定住政策の一環としてオバンボと比較して大規模な土地を割り振られているものの、その土地を農地有効利用できておらず、代わりにオバンボが不当に開墾していることが昨年の調査で明らかになっている。今回の調査では土地の不当な利用という危険を冒す要因を分析するデータを収集することができた。
今回の調査での反省点は2点挙げられる。1つ目は、食事など項目ごとの調査について、十分な期間が取れなかったことである。これは、事務手続きに時間を要し、エコカでの滞在期間が予定よりも短期間になってしまったことに起因している。2つ目は、現地語の習得が進まず得られる情報に制約があったことである。土地問題というセンシティブなテーマを扱うにあたって、日常の雑談や噂話から切り口を見つける予定であったが、サンの話すクン語もサンとオバンボが会話するときに用いられるオバンボ語も、そのレベルに達しなかったことは反省すべき点である。
今後は、サンの農業離れの要因・過程を考察していくと共に、オバンボ側からも更なる土地や農業に関する調査を行いたい。両者の視点を考察することで、サンによる農業の抱える問題や、それと関連するオバンボとの相互依存的な関係を検討したい。
【1】Takada, A. 2015. Narratives on San Ethnicity: The Cultural and Ecological Foundations of Lifeworld among the !Xun of North-Central Namibia. Kyoto: Kyoto University Press.
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