東アフリカと日本における食文化と嗜好性の移り変わり――キャッサバの利用に着目して――
研究全体の概要 東アフリカや日本において食料不足を支える作物と捉えられてきたキャッサバの評価は静かに変化している。食材としてのキャッサバと人間の嗜好性との関係の変化を明らかにすることを本研究の目的とし、第1段階として、キャッサバをめぐる食…
口琴は、東南アジアを含むユーラシア大陸に広く分布している。非常に単純な構造だが、演奏の仕方によっては音が全く変わってしまうという奥の深い楽器である。モン族は恋愛の場で用い、ラフ族の口承の物語にも魅力的な楽器として登場している。様々な口琴文化のうち、今回は東南アジアにも多い竹製の口琴であるアイヌ民族の「ムックリ」を対象として調査を行った。調査の結果から、製作技術や、アイヌ文化の観光化といった様々な要因が相まって、現在もなお演奏され続けていることがわかった。また、口琴を通じた世界的な交流が、ムックリに携わっている人に魅力的な刺激として影響を与えていることがわかった。
口琴とは、小さな弁を指で弾いたり紐を引いたりして振動させ、その振動を演奏者の口内や体内に響かせる楽器である。ユーラシア大陸に広く分布しており、地域や民族によって素材や形状、演奏方法が異なる。楽器としての役割も様々で、川の流れや動物の鳴き声を表現したり、曲中でリズムやメロディーを奏でたり、言葉を発してコミュニケーションの道具として用いられることもある。東南アジアにも口琴の文化はあるが、民族によっては今ではほとんど演奏されなくなったという例もある。一方、世界では国際口琴大会が開催されるなど、口琴に親しむ人も一定数存在しており、日本では、アイヌ民族の口琴「ムックリ」が現在も盛んに演奏されている。今回の調査では、アイヌ民族のムックリを現在もなお存続し発展している口琴文化の一事例として位置づけ、その全体像を捉えることを目的とし、ムックリ製作者や演奏者の方々に聞き取りを行った。
ここでは調査によって得られた知見を3つにわけて説明する。
まず、ムックリの製作技術の伝承と発展について述べる。現在販売されているムックリのほとんどが、ムックリ製作者のSさんによって作られている(写真1)。彼女の祖父はアイヌ民族で、祖母に贈るためにムックリを作っていたこともあった。父は販売用に製作を始めたが、マキリ(小刀)一本で作るため一日にできる数も限られていた。しかし、現在はSさんの工夫によってより多くのムックリを生産することが可能になっている。材料の竹は一度油で揚げられる。揚げることで水分が一気に飛び、いい音が出るようになり、さらに柔らかく加工しやすい状態になるという。現在では工程ごとに7~8人で作業を分担している。従来よりも作業の効率が上がったとはいえ、常にマキリを握り続けるSさんの指は変形してしまっている。また、一度油で揚げるため、完成まで常に油抜きをしておく必要があるなど、工程の変更上の弊害もある。そうした苦労もあるが、Sさんはムックリ作りが面白いと語り、今回調査を行った他の方々からも彼女のムックリへの貢献を称える声を何度も耳にした。
次に、ムックリとアイヌ文化の復興や観光化とのつながりについて記述する。民族を表象する芸術や音楽は民族文化のアピールにおいて重要な役割を持つ。ムックリは、古式舞踊や歌とともに伝統的な楽器として舞台等で紹介されている。また、観光客向けの施設では効果音やBGMとしてムックリの特徴的な音が用いられていた。その手軽さから土産物としても人気がある。釧路市立博物館の学芸員の方によると、アイヌ民族に関する出張授業の際、ムックリの音は子供受けがよく、アイヌ文化全体に興味を持つきっかけになる可能性もあるという。
最後に、外部との交流について述べる。Sさんを含め、国際口琴大会に参加経験のある演奏者の方に聞き取りを行った。大会では各国の参加者が自分の口琴を披露し、互いに演奏方法を教え合うこともある。阿寒湖アイヌコタンにある、木製のムックリ[1]を販売している店には、世界各地の口琴が入った箱があった。中にはラオスやタイの口琴もあり、店の方によると、民族交流のイベントでもらったりするのだという。アイヌ民族にとどまらず世界的に広がりをもつ口琴文化に触れ、その面白さに魅了された人々が製作や演奏の担い手となっているのも現在のムックリ文化の特徴といえる。
今回の調査から、アイヌ文化の中のムックリに関わる様々な要素の全体像を捉えることができた。製作技術の伝承と発展、アイヌ文化の復興と観光化、世界の口琴文化との交流があったからこそ、現在もムックリ文化が存続しているといえよう。そして、聞き取りを行うなかで特に印象的だったのが、ムックリを含む口琴の持つ楽器としての可能性である。単純な構造から奏でられる音色は素材や演奏方法により様々に変化する。独奏以外にも、他の楽器の曲のアクセントとして用いられるなど、現代的な音楽とも合わせることができる。ただ、口琴は多くの国においてさほどメジャーな楽器ではなく、どちらかというと周縁に存在する楽器である。しかし、その小さな楽器を通じた交流は世界的な広がりを持つ。こうした可能性が口琴の大きな魅力といえる。今後は東南アジアで実際に使われている口琴と製作者、演奏者について調べ、アイヌ民族のムックリ文化との比較を行いたい。
[1] 釧路などの道東には竹は生息しておらず、かつてムックリはサビキと呼ばれる木で作られていた(写真2)。木で作られたムックリはしなりが少なく、振動する時間も短い。現在は本州から取り寄せる真竹や使用後の門松を材料としている。
Copyright © 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター All Rights Reserved.