マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における保全政策と地域住民の生業活動(2019年度)
対象とする問題の概要 植民地時代にアフリカ各地で設立された自然保護区のコンセプトは、地域住民を排除し、動植物の保護を優先する「要塞型保全」であった。近年、そのような自然保護に対し、地域住民が保全政策に参加する「住民参加型保全」のアプローチ…
都市現象の一つであるスクウォッターを対象とした研究においては、都市計画がもたらすジェントリフィケーションに関連し、彼らがいかに特定の空間を占拠し続けるかという「生きる場」の獲得過程を記述してきた。その手段として個人や集団の属性(例:貧困層、難民)や彼らが路上に生み出す力(例:歩道に建設したヒンドゥー寺院が神聖な力を創造する)が利用されたと指摘される。しかし、先行研究には主に二つの問題があり、それは①移動するスクウォッターに関する言及がされておらず、②抗-権力的な議論に終始していることである。そこで本研究では、モバイル・スクウォッターが経済活動を行う現場で参与観察し、彼らの視点から空間認識と利用の戦略を人類学的に明らかにすることで、脱-抵抗論的なスクウォッターに関する視座を提示する。そして、スクウォッター研究における時間と空間を複合的に検討する「時空論的転回」の議論を試みる。
本研究は、不法占拠的に移動販売をする露天商(=モバイル・スクウォッター)のモビリティが彼らの多義的な空間認識と利用、他者との関係に与える影響を明らかにするものである。1970年代以降、ネパールの首都であるカトマンズは都市化による急速な人口増加が進んだとされ、現在のネパールにおける都市労働者の約半数はインフォーマルセクターに従事していると言われている(Toffin 2010)。また露天商は、主に都市貧困層のセーフティネットになっており、その一部は組織化を進めることで、行政機関から営業権を獲得してきたとも報告されている(Shrestha 2006)。しかし、2022年5月の選挙でカトマンズ市長に就任したバレン氏は、公約として露店の撤去を掲げており、現在も多くの露天商が摘発を受けている。そこで本研究では、摘発を受ける露天商を対象に、空間の多義的な利用に向けた方法論と視座を明らかにする。
第一に、カトマンズ市当局による露天商の撤去に向けた施策についてである。これまでのカトマンズ市警察による露天商の摘発は、午前8時から午後7時に随時実施されるものであった。摘発された露天商はカトマンズ警察に罰金として500NRsを支払うことで生鮮食品のみ返却されるが、商品としての衣服や商売道具としての自転車などは返却されずに、カトマンズ市当局が主催するオークションによって販売される。
第二に、露天商たちの空間認識と利用についてである。歩道橋を不法占拠する露天商たちは1時間に数回の警察による巡回を回避する必要がある。その方法として、歩道橋から歩道を見下ろすことによって警察がどこにいるのかを確認し、逃げていく方向を予め決めることによって摘発を回避していた。また、大通りに位置する歩道橋は多くの歩行者が利用しているため、露天商たちは歩行者のフローを十分に利用することができる歩道橋を選んで販売していることが明らかになった。特にハンディキャップを持っている一部の露天商は、警察による商品の没収や罰金の徴収を受けることがないため、積極的に歩道橋を利用することで大きな利益を生み出す空間利用の戦略を持っていた。
第三に、モバイル・スクウォッターたちによる摘発の回避と空間利用についてである。歩道者のフローが多い交差点で営業することが多いが、巡回する警察を見つけると裏路地へと一時的に避難する。それは、彼らにとって最も便利な場所が最も不便な場所へと価値転換するためである。つまり、同じ交差点であっても通常は「人間のフローが多い場所」という空間価値に基づいて営業するが、一時的に「目立つ場所」という別の空間認識に基づいた否定的な意味づけへと変化し、露天商たちを別の空間へと移動させる。このようにモバイル・スクウォッターは文脈に応じて異なる意味を見出しながら空間を利用していた。
今後の展開として、カトマンズ市当局による摘発の強化と露天商の関係を調査する必要がある。これまで午後7時以降は警察の巡回が行われていなかったため、多くの露天商たちは摘発を心配することなく夜の路上営業を行うことができた。しかし、カトマンズ警察署長門のインタビューから、この施策は露天商による歩道の渋滞を解消するためであるとされ、2022年10月以降は新たにスタッフを増やして24時間の巡回が実施されることが明らかになった。したがって、彼らは夜の路上営業に対して新たな空間認識・利用の線略を求められることになり、それは今後の調査課題の一つになるだろう。
また、今回の調査は短期であり、一人の露天商を数日かけて調査することができなかった。彼らの毎日の移動経路の変化などを長期的に追うことによって、彼らの空間認識や利用についてより明らかにすることができるため、今後の長期調査で実施する必要がある。
Toffin, Gérard. 2010. Urban Fringes: Squatter and Slum Settlements in the Kathmandu Valley (Nepal). CNAS Journal. 37(2):151-168.
Shrestha, Sudha. 2006. The New Urban Economy: Governance and Street Livelihoods in the Kathmandu, Nepal, Alison Brown eds., Contested Space: Street Trading, Public Space, and Livelihoods in Developing Cities. ITDG publishing. pp.153-172.
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