京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

人間活動に関わる外来生物種の移入状況―マダガスカル共和国・アンカラファンツィカ国立公園の事例―

在来種(ラフィアヤシ)と外来種(イネ・マンゴーなど)により構成される水田地帯の景観

対象とする問題の概要

 人間活動のグローバル化に伴う生物種の世界的な移動はもはや日常化している今日、外来生物の移入や生態、利用状況を科学的に捉え、真に必要で有効な環境保全あるいは保護のありかたを再考することが必要とされている。
 家畜化・栽培化された動植物は、世界各地の生息地のほとんどにおいて「外来種」である。生物多様性ホットスポットのひとつに数えられるマダガスカルの場合も、3種の主食用作物と3種の主要な商品作物のすべてが外来種である[1][Danthu et al. 2022]。また作物以外の導入種についても、特に政策や経済活動の中心にある種を「外来種」と名指して排除することは難しい[2]。また在来の自然環境の保全を試みるさい、徹底的な外来種の排除が必ずしも効果的な手段とは言えない場合がある[Wallach et al. 2020]。このように近年では環境保全の文脈で外来種の扱いをめぐる議論が盛り上がり、従来の環境保全の在り方を問い直し、真に必要な環境保全を実現することが求められている。

研究目的

 報告者は以上の要請に応えるべく、外来植物と在来植物が共存する土地の特徴、また移入した植物種の移入パターンや供給源である自生地の特徴を知るために、土地利用の形態ごとに侵入する植物種を調査している。また当該地域の植物種の分布が、人々の今後の活動に伴ってどのような展開を示すのかを推測するために、その土地の植物を利用する人々の自然観についても調査を試みている。以上の調査を通じて、固有種や在来種の保護を行う国立公園に侵入する外来植物種を特定し、それらの移入状況を把握することが本研究の目的である。

ラベルべ湖のほとりに繁茂するスナバコノキの群落

フィールドワークから得られた知見について

 報告者は、マダガスカル共和国、アンカラファンツィカ国立公園を調査地として、当地域に生育する植物種に関する調査を実施した。本調査では、地域住民の居住地の近くに生育する数種の外来植物種に焦点を当てた。本国立公園において地域住民は公園当局から排除されることなく、公園内に居住し、生業活動を行っている。かれらの土地や森林産物の利用には、マダガスカル国立公園(Madagascar National Parks: MNP)によって規定が設けられており、地域住民はこの規定に従って、生活に必要な自然資源の収集や生業活動を行うことが許容されている[MNP 2017]。
 国立公園内であるにも拘わらず、本地域住民の居住地周辺には、作物とみなされる植物種以外にも複数の外来植物種が自生している。そしてこれらの植物種が人々の積極的な利用または排除の対象のいずれになるのかは、その植物種に対する人々の価値観が大いに拘わっていることが観取された。
 本調査地の景観を構成する主な外来植物種のうち、インドシナ半島~インドが原産とされるウルシ科のマンゴーと熱帯アメリカ原産のトウダイグサ科の樹木スナバコノキの両種を例に挙げる。マンゴーはその果実の食物・商品としての価値の高さから地域住民に積極的に利用されている。所有している土地に種を植えたり、意図せず芽生えた個体を保護したりするなど、マンゴーの分布の拡大には地域住民の活動が関わっている。一方のスナバコノキは、有毒なために食用に適さず、薪材・用材としても本地域で好まれないため、ほとんど地域住民に利用されることがない。現時点では情報の不足のために、資源利用という人為的な攪乱や保護の不在が、この種の分布拡大に影響を与えているのか否か判断することはできない。しかしながら、マンゴーとスナバコノキを比較することで、人間による利用の程度が外来種の移入パターンに影響しているか否かを検証できる可能性がある。以上のように、人々が日常的に利用する土地において、在来植物種の保護や外来種のコントロールを試みるならば、種それ自体の繁殖の特性のみならず、地域住民がその種をいかに利用しているのかを考慮することの必要性に根拠を与える事例を見出すことができた。

反省と今後の展開

 地域の自然環境の特性を理解し、実施しようとする環境保全策の有効性や持続可能性を問うためには、単に当該地域の動植物種に関する知識の収集のみでは不足である。なぜなら人々の自然観が、かれらの自然利用の理念の根底を成すものであるためである。ゆえに、研究者や政策決定者には、公園職員やガイド、地域住民、公園を訪れる観光客など、公園の自然資源の管理や利用に関わる人々を幅広く視野に入れ、国立公園内部の、ひいてはマダガスカル島全体の自然環境やそこへ侵入する外来生物種に対する、かれらの感じかたや考えについての理解が求められる。この理解をもとに、地域住民による自然利用が、生物種の分布や種の相互作用にいかなる影響を与え得るかを予測することは、有効で持続可能な環境保全のモデルを考案し、その信頼性を高めることにつながる。


[1] 3種の主食用作物:イネ、トウモロコシ、キャッサバ。3種の主要な商品作物:クローヴ、ライチ、ヴァニラ。
[2] 緑化や水源地保全のための植樹に用いるアカシアやユーカリ、半栽培の状態にあるマンゴーやタマリンドなど。

参考文献

 Danthu P, et al. 2022. Coming from elsewhere: the preponderance of introduced plant species in agroforestry system on the ast coast of Madagascar. Agroforestry Syst 96:697-716.
 Wallach AD, et al. 2020. When all life counts in conservation. Conservation Biology 34:997-1007.
 Madagascar National Parks. 2017. PLAN D’AMÉNAGEMENT ET DE GESTION Plan quinquennal de mise en œuvre 2017-2021. Ministère de l’Environnement, de l’Ecologie et des Forêts.

  • レポート:篠村 茉璃央(2022年入学)
  • 派遣先国:マダガスカル共和国
  • 渡航期間:2022年9月11日から2022年12月7日
  • キーワード:マダガスカル、環境保全、外来種、侵略的外来生物種

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