京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代パキスタン都市部におけるパルダ実践の様相/女性たちの語りに着目して

ラーホール市内のバーザールの様子

対象とする問題の概要

 本研究においては、現代パキスタン都市部におけるムスリム女性のヴェール着用に関して、彼女たちの語りを分析する。パキスタンにおいて、女性のヴェール着用はパルダ(Purdah) という概念に結び付けられて論じられる。
パルダとは、インド、パキスタン、バングラデシュを中心とした南アジア地域に広く存在する性別規範のことであり、狭義には女性による被服、広義には男女の生活空間の分離を指す。先行研究において、パルダ実践の様子やその意義づけは、地域、宗教、階級、カースト、職業、年齢によって異なっているとされるが [Haque 2010 : 303]、実際には一人の女性のパルダ実践においても状況に応じた変化が見受けられる。例えばパキスタン都市部の共学の大学に通う女性は、大学内では男性と交わる機会が十分にあるにも関わらず、通学時に着用していたヴェールを大学構内では脱いで生活しているという。このような状況による被服の程度の変化は、既存研究において看過されてきた。

研究目的

 よって、本研究の目的は、パキスタン・パンジャーブ州の州都ラーホールを分析対象地域として、都市に暮らす女性たちの多様なパルダ実践の様相を明らかにすることにある。人口1100万人を擁する大都市であるラーホールには、下町のバーザール等古くからの商店が存続する一方で、女性店員が接客を担当する店の入った大型商業施設が次々と建設されており、「場」の多様化が生じている。
 本研究が対象とするのは、ラーホールの大学に通う女子大生である。なぜなら、彼女たちの多くが20代前後の未婚女性であり、社会による性の管理の対象となりやすい反面、生活を送るなかで様々な文脈をまたいで移動する機会を持つからである。本研究においては、女性たちへの参与観察と聞き取り調査を通して彼女たちがどのようにパルダの規範を解釈し、そしてどのようにそれらの規範と交渉しながら都市空間を移動しているのかを明らかにする。

フィールドワークから得られた知見について

 フィールドワークにおいては、パンジャーブ大学とガバメント・カレッジに通う女子大生60名を対象として参与観察と質問用紙を用いた半構造化インタビューを実施した。質問用紙は英語で作成し、聞き取り調査はパキスタンの国語であるウルドゥー語と公用語である英語で行った。
 調査項目としては、名前、年齢、現住所、既婚/未婚、出身地、ラーホールからの距離、カースト、母語、有職/無職、学歴(FSC. またはFA. から現在)、家族構成(聞き取りをしながら家系図作成、父母兄弟姉妹の年齢、仕事)、合同家族(ジョイント・ファミリー)/核家族などの基本情報に加えて、状況に応じて被服の程度を変えるか、なぜ変えるのか、パルダとは何か、そしてパルダを実践しているかなどの具体的なパルダ実践に関する質問を設けた。
 調査の結果、状況に応じて被服の程度を変えると回答した者は41名で、変えないと回答した者は18名であった(うち無回答1人)。さらに、パルダを実践していると回答した者は48名、部分的に実践していると回答した者は6名、実践していないと回答した者は5名であった(うち無回答1人)。
 一方、女性たちの語りにおいては、「自分のいる/行く場所の環境や状況にふさわしい恰好をするようにしている」という語りが多く聞かれた。彼女たちによると、大学内やショッピングモールにおける環境と、バーザールや道端における環境は大きく異なっているという。すなわち、前者においては比較的被服の程度を軽くしても人にじろじろと見られることはないが、後者においては頭を覆うなどして被服の程度を重くしないと、人にじろじろと見られて不快に思う(insecure に感じる)ことが多いのである。
 よって、女性たちが被服の程度を変える大きな要因として、彼女たちがラーホールという様々な状況や「場」の存在する都市空間において、それらの間を移動しながら生活する存在であることが挙げられる。

ラーホール市内のショッピングモールに陳列されている洋服

反省と今後の展開

 今回のフィールドワークにおいては、女子学生たちの都市でのパルダ実践を主な対象として調査を行ったが、今後は彼女たちの出身地である農村や地方都市におけるパルダ実践も視野に入れて調査を行う必要がある。それらの比較を行うことによって、より多角的な視点からパルダ実践を分析することが可能になるからである。さらに、調査を実施する大学の種類を増やすことが課題として挙げられる。今回調査を行ったパンジャーブ大学とガバメント・カレッジは両方とも共学の公立大学であり、大学内の状況に関して似通っているといえる。しかし、ラーホールには授業料の高い私立大学や、女子大学など、上記の二大学とは状況の異なる大学が存在している。それらの大学に属する女子学生にも対象を広げて調査することによって、様々な経済階層の女性たちに調査を行うことができるとともに、それに準じたパルダ実践の方法の変化を観察することが可能であるためである。

参考文献

【1】Haque, Riffat. 2010. Genderand Nexus of Purdah Cultu rein Public Policy. South Asian Studies 25 (2) : 303-310.

  • レポート:賀川 恵理香(平成29年入学)
  • 派遣先国:パキスタン・イスラーム共和国
  • 渡航期間:2018年7月1日から2018年8月27日
  • キーワード:ヴェール、パキスタン、都市

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