京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代トルコにおける福祉とイスラーム――震災時の慈善団体の活動から――

建設途中の新しい建物

対象とする問題の概要

 2023年2月6日現地時刻午前4時16分、マグニチュード7.8の地震がトルコ南東部のシリア国境付近で大規模な地震が発生した。約9時間後、最初の地震の発生地から北西に95km離れたところを中心に発生した。地震が起きたところが広範囲であったため被害は甚大なものとなった。
 地震が起きた時にこそその地域や人々の持つ潜在的な問題が浮かび上がると私は考える。被災地は比較的農村地帯で、難民も多く暮らしている地域であり、また与党(公正発展党)を支持する人も多い地域でもある。今後を見据えていく際に特に多様な問題が複合的に絡まり合う被災地に対して福祉、特に慈善団体という切り口でアプローチしたいと思う。

研究目的

 2023年2月のトルコにおける震災発生時の慈善団体の機能を明らかにし、震災発生から復興までの過程で人々を結びつけるものは何かを探る。また、トルコで人々が慈善団体に寄付する動機は何であるかについても探るため。

週に1度のパザール(市場)。大勢の人で賑わう

フィールドワークから得られた知見について

 行ったことは主に参与観察、インタビュー、文献収集だ。
団体としてはウルラフレンドシップフォース、オリジンの2つにインタビュー、施設としてはメルミラ高齢者施設において参与観察を行った。(いずれもイズミル県)
 地震(2023年2月)の起きた日以降で研究のために重要だと思われる複数の出版社からの新聞記事を入手した。
 オリジンは多様な企業や団体と連携しており、イベントスペースとして運用されている。そのメンバーのジャンさんは、2020年のイズミルにおける地震と津波の際、慈善団体の指揮を行った人物の1人である。彼によるとトルコ政府はイズミルの地震含めた過去の地震から対策を講じていなかった訳ではないが、今回の地震は規模が予想以上であった上に”慈善団体の指揮“という面からまだまだ準備不足であったと語った。今回の地震で、彼をはじめオリジンはそのネットワークを活かし正しい情報共有とイズミルから被災地への慈善団体や支援物資の派遣の指揮をとったという。現在に至るまで被災地からイズミルへの移民受け入れと必要物の準備・提供を行っているという。しかし、これからの資金をどう賄うかという問題や、文化や育ってきた環境の違う移民と現地の人がどう共存できるか、メンタル面のサポートなどこれからの課題は山積みだということが分かった。
 この他に印象的であったのは、家族を亡くした被災者の自宅で2週間生活するという経験をしたことだ。彼女は敬虔なムスリマであり、日常のイスラームの実践を身近に感じることができたのは勿論、家族を亡くした後の彼女にイスラームがどれ程心理的な面で支えになっているかを目の当たりにした。彼女は心身ともに回復しきっていなかったため、無理にインタビューはしなかった。一緒に過ごす中で徐々に当時の状況や心情、政治に対する考え等について語ってくれた。

反省と今後の展開

 反省としては、研究の予定について前から考え込みすぎてしまったことだ。トルコで生活する中でアポイントメントを事前に取るのではなく直前に連絡して向かうことの方が一般的であることを体感的に学んだ。お会いしたご縁で研究に際し予期せぬ機会が突然舞い降りることもあった。何があっても柔軟に対応できるよう予定はあまり入れすぎないようにしようと思う。
 今後は調査データと文献の整理をし、更に関連する文献を集め続ける。その際必要であれば、オンラインで団体や現地のカウンターパートに連絡をするつもりだ。

  • レポート:池上 羽乃(2023年入学)
  • 派遣先国:トルコ共和国
  • 渡航期間:2023年8月2日から2023年9月21日
  • キーワード:トルコ、イスラーム、災害、慈善団体、福祉、宗教、社会学、政治

関連するフィールドワーク・レポート

2022年度 成果出版

2022年度における成果として『臨地 2022』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2022』院⽣臨地調査報告書(本文,12.5MB)ISBN:978-4-905518-39-6 発⾏者京都…

ケニアのMara Conservancyにおける 住民参加型保全の取り組みについて

研究全体の概要  近年、アフリカにおける野生生物保全の現場では、自然環境だけでなくその周辺に住む人々を巻き込み、両者の共存を目指す「住民参加型保全」というボトムアップ型の保全活動が注目されている。本研究のフィールドであるMara Conse…

山形県朝日町における自然資源管理と超自然的存在 ――中東・イスラーム世界との比較に向けて――

研究全体の概要  本研究は、山形県朝日町O地区における神池A沼と地域住民との間の宗教的な関係性を明らかにしたうえで、O地区集落民の生業である農業と、観光資源としてのA沼の浮島の共的な維持管理において、信仰や超自然的な存在がどのように機能して…

レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民の動態

研究全体の概要  本研究は、商才溢れるレバノン・シリア系移民が長期間にわたり築いてきた人的ネットワークに注目し、その中で2011年以降のシリア難民の動態と位置付けを探る。レバノンとシリアは1946年のフランスからの独立達成以前は、一括りの地…

観光が促進する地域文化資源の再構築と変容 /バンカ・ブリトゥン州の事例から

対象とする問題の概要  本研究の目的は、インドネシア錫鉱山地域における観光開発に着目し、観光開発を通して、地域文化がどのように再構築・変容され、地域の人々に理解されるようになってきたかを明らかにすることである。本研究の対象地であるバンカ・ブ…

インド指定部族の社会移動への意識とその実践/タミル・ナードゥ州指定部族パニヤーンを事例に

対象とする問題の概要  これまでインド政府は貧困問題を解決するために様々な政策を実施してきた。その成果はある程度認められるものの、依然として多くの貧困層を抱えており、貧困削減はインド社会において重大な社会問題として位置づけられている。なかで…