京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

カメルーン北部・ンガウンデレにおけるウシの交易――ウシ商人の商慣行に着目して――

写真1 ンガウンデレのウシ市のようす

対象とする問題の概要

 カメルーンを含む中部・西アフリカのなかでウシは重要な動産である。特にウシの交易は極めて大きな経済規模をもっている。18世紀から19世紀に、牧畜民フルベがこの地域のイスラーム国家建設の主体として立ち上がった背景には、人びとが有するウシに非常に高い商品価値があり、彼らがウシ交易の中心的存在であったということが考えられている[嶋田2010]。
 現在でも、都市化による食肉需要の高まりによって、ウシは高い商品価値をもって取引されており、そうした経済規模をもっているがゆえに、ウシの交易には独特な慣行が存在している。しかし、どのような人が交易に参入し、どのような取引の方法やプロセスがあり、どのような意味や論理に支えられ、かつどのウシがどれくらいの経済的な価値をもって交易されているのかといった点については、まだ解明されていない。

研究目的

 上記の議論を踏まえ、本研究では、カメルーン・ンガウンデレにおけるウシ商人の商慣行、とくにNyamandéと呼ばれる「つけ」の慣行に着目して、ウシ交易の実態の一端について明らかにすることを目的とする[1]
 調査地であるカメルーン北部に位置するアダマワ州の州都ンガウンデレとその周辺は、カメルーン最大のウシ生産地であり、かつ隣国ナイジェリアやチャドからガボン、赤道ギニアにかけてのウシ流通の交差点でもあることから、ウシ交易において重要な地域である。  
 調査では、ンガウンデレから約100km圏内に位置するウシ市9箇所にて、ウシの交易に携わる商人の属性についての聞き取りと、取引慣行を明らかにするために2名の商人に対してそれぞれ約2ヶ月間の追跡調査と参与観察を実施した。


[1] 文中の現地語は全てフルフルデ語、カメルーン・ンガウンデレ地域方言で表記。

写真2 金を数えるようす

フィールドワークから得られた知見について

  1. 交易への参加者、ウシの経済的価値
     交易に参入している商人は、資金をもつ商人層Palké、資金をもたず売り手と買い手の間を取り持つ商人層Sakaïna、ウシを肉屋に卸す商人層Bangaaloの3種類に分類できる。主に取引されるウシはGoudaliと呼ばれるアダマワ産のウシとMbororoと呼ばれるナイジェリア/チャド産のウシ、またはこれらの交配種で、生後1ヶ月〜8歳くらいのオス・メスウシである。
     Palké Aが2ヶ月間で取引したウシの最低価格は6万CFAフラン(1万5,000円)で、最高価格は63万CFAフラン(15万7,500円)であった。この価格は、当地域で手に入る新品の中国製オートバイとほぼ同額である。
  2. 「つけ」の慣行、Nyamandé
     市では大金がやりとりされるが、銀行口座間の送金やモバイル送金サービスが普及する現在でもその支払い方法は、現金ないしNyamandé、すなわち「つけ払い」である。Nyamandéでは、売り手と買い手の間で、担保なしにウシが前渡しされる。しかし、「つけ」の未払金は度々滞納される。例えば、Palké Dは未払金の延期について、「つけ」の期間を1週間と設定したが、Sakaïna Aから半年以上も返済されていないと語った。その額は36万CFA(4万円)フランであった。その後も、DはAにウシを「つけ」で売り続けている。その理由として、Dは「彼にウシを渡さなければ、彼が他の商人にウシを売ることができなくなり、前に渡したウシ代が支払われなくなる」と説明した。Aのような取引を行うSakaïnaは「くちでウシを買う、市の盗人」といわれている。「つけ」で購入した商品を未払いのうちに他人に売却し利益を得ることは、イスラームで忌避されると商人たちは話すが、実際にはほとんど守られていないようだった。

反省と今後の展開

 今回の調査では、ウシ交易の実態について、商人たちの取引を具体的に観察することで、その商人層や取引の規模、方法やプロセス、ウシのおおよその経済的価値を明らかにすることができた。他方で、商人層をPalkéに限って観察したことで、資本をもたない「つけ」を支払う商人層の実態や、なぜ銀行やモバイルマネーが普及した現在でも現金にこだわって取引されるのか、という問いは残されたままである。
 また、先述の「未払いのうちに他人に売却し利益を得る」ことをはじめとして、市には暗黙のルールがあり、「アッラーの名をいう」「ウソをついて価格を高く設定する」「カネをくすねる」「つけの際に利子をとる」ことは禁止されていると商人たちは話すが、実際には、それらはほとんど守られていない。
 こうした現状を踏まえ、次回の調査では調査範囲を広げつつ、ウシの取引慣行が維持される意味や論理に注目しながらデータを集める必要がある。

参考文献

 嶋田義仁.2010.『黒アフリカ・イスラーム文明論』創成社

  • レポート:新川 まや(2022年入学)
  • 派遣先国:カメルーン共和国
  • 渡航期間:2023年7月17日から2024年2月17日
  • キーワード:商慣行、ウシ交易、カメルーン

関連するフィールドワーク・レポート

エチオピアにおける音楽実践と生活世界にかんする地域研究

対象とする問題の概要  エチオピア西南部の高地に暮らすアリの人びとは、地域内で自生・栽培されているタケをもちいて気鳴楽器を製作し、共同労働や冠婚葬祭においてそれらを演奏している。近代学校教育やプロテスタントの浸透によって、慣習的な共同労働や…

オーストラリアにおけるブータン人コミュニティの形成と拡大――歴史的背景に着目して――

対象とする問題の概要  オーストラリアでは1970年代に白豪主義が撤廃されると、東アジア系、東南アジア系、南アジア系など移民の「アジア化」が進展してきた。またオーストラリアは移民政策として留学生の受け入れを積極的に行ってきた。特に1980年…

不確実性を読み替える賭博の実践/フィリピン・ミンダナオ島における事例から

対象とする問題の概要  フィリピン・ミンダナオ島では、フィリピン政府と反政府イスラーム組織による紛争が長期化しており、人々は自らでは制御不可能な政治的不安定に起因する社会・経済的不確実性を所与のものとして日常生活を営んでいる。そのような不確…

ミャンマー・バゴー山地のダム移転カレン村落における 焼畑システムの変遷と生業戦略

対象とする問題の概要  ミャンマー・バゴー山地ではカレンの人々が焼畑を営んできたが、大規模ダム建設、民間企業への造林コンセッション割り当てや個人地主による土地買収などによりその土地利用は大きく変化しつつある。本研究の調査対象地であるT村も、…