京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

金融互助実践とコミュニティに関する研究――ジョグジャカルタのアリサンを事例に――

写真1 近隣住民間で行われるアリサン。 会計担当者が参加者から集めた掛金を記録している場面。

対象とする問題の概要

 アリサン(arisan)とはインドネシアの人々が日常的に行うインフォーマルな金融互助実践のことあり、世界各地で共通してみられるROSCA(回転型貯蓄信用講)の一種として知られている。近隣住民や家族・親族、同業者などがグループを組んで定期的に集まり、グループ内で決められた掛金を払ってくじを引き、当選者が全員分の掛金を手にするという仕組みである。
 世界中のROSCAを比較研究したギアツは、ROSCAが農村社会から商業社会への移行期にみられる「中間段階(middle rung)」として機能しており、将来はより発展した制度に代替されると予測した [Geertz 1962]。しかしアリサンは現在でも全国的に見られる社会現象となっており、一人が複数のアリサンに参加することも珍しくない。たとえ銀行口座を持っていたとしても、アリサンに参加して貯蓄するのである。以上の背景を踏まえ、本研究は、アリサンが現在も人々の日常のなかで根強く実践されている要因を明らかにする。

研究目的

 本研究の目的は、都市化する社会のなかで、アリサンがどのようにして人々の紐帯の維持、創出、強化に貢献しているかを明らかにすることである。以上の目的を達成するため、①高度な金融機関/制度が存在するにもかかわらず、人々はなぜアリサンに参加し続けるのか? ②アリサンはインドネシアにおいてどのように機能し、どのようなものとして理解されてきたのか?という2つの問いを設定した。先行研究では主にアリサンの社会保障的機能や親睦促進機能に焦点が当てられてきたが、本研究は、アリサンのそうした機能が人々の紐帯の維持、創出、強化を説明するうえで十分なものであるかという視点から問いを立てた。アリサンによる社会的つながりが依然として強固であるジョグジャカルタ特別州を調査地とし、インドネシア語による聞き取り調査と参与観察[1]、質問票調査を行った。


[1] 必要に応じて、地方語であるジャワ語の通訳サポートを受けた。

写真2 昼休憩を利用して行われる大学教員間のアリサン。
掛金の記録からくじ引きまで全てITを活用。 毎回ゲストスピーカーを呼んでミニ講演会も行われる。

フィールドワークから得られた知見について

 ジョグジャカルタ特別州スレマン県を主な調査地とし、近隣住民、PKK(婦人会)、家族・親族[2]、友人、職場の同僚、商業組合などによりそれぞれ構成される計28のアリサンに対し、参与観察と聞き取り調査を行った。アリサンは地域ごとに実施されるPKK(婦人会)と強く結びついていることから、PKKの役員や地域のリーダーを対象に半構造化インタビューを行った。また、アリサンへの参加状況や動機の量的把握を目的とした質問票調査を実施し、9月7日~9月22日の16日間にかけて307の回答を得た。
 特に印象的だったのは、調査先の人々がアリサンを「公的なもの」と「公的でないもの」に分類していた点にある。前者は地域ごとのPKKやRT/RWといった官製住民組織の月例集会に付随するアリサンのことを指し、主な参加者は近隣住民である。参加が義務づけられていながら、自らの意思で参加しない者や、そうした活動には除外される者も一定数見受けられた。また、住民の自治管理能力を評価するコンテストが各自治体で開催されており、自治管理維持の一環としてアリサンが導入されていた。民主化後もなお官製住民組織を維持し、住民自治を安定的に実施するための装置として、アリサンが機能していることが分かった。後者の「公的でない」アリサンは、官製住民組織以外すなわち家族・親族や友人などの間で恣意的に組織されるものを指す。「公的な」アリサンに並行して参加するのが一般的で、多くのアリサンに参加する人ほど社会性があり信頼に値すると捉えられる傾向にあった。
 先行研究では構成員間の親睦を促進する道具としての機能や社会保障的な機能に焦点が当てられる傾向にあったが、今回の調査によって、アリサンにおける第3の機能、すなわち行政管理や地域の自治を円滑に進めるための潤滑油としての機能や、社会的信用を獲得する場としての機能も同様に、人々の紐帯の維持、創出、強化に貢献する重要な要素であることが明らかになった。


[2] 調査地では、ジャワ語を語源とするトゥラー(trah)と呼ばれている。

反省と今後の展開

 地方都市に焦点を当てて現地調査を行ってきたため、ジャカルタ首都圏のような3,000万人を超える大都市においても、今回の調査地のように多様なアリサンが実践されているかどうかを検証することができなかった。大都市では住民による夜警が行われなくなるなど、日常的な住民自治の必要性が低下する傾向にあり、今回の調査地で見られたような近隣住民間のアリサンがどれほど維持されているかは不明である。一方で、arisan sosialitaと呼ばれる社会階層の高い集団による豪華絢爛なアリサンをはじめ、大都市圏では地方都市にあまり見られないようなアリサンが実践されている可能性も高い。都市化とコミュニティの現状について検討するにあたり、大都市における人々のつながりのダイナミズムを検討する重要性は看過できない。以上を今後の課題とし、さらなる研鑽に励みたい。

参考文献

 Geertz, C. 1962. The Rotating Credit Association: A ʻMiddle Rungʼ in Development, Economic Development and Cultural Change 10(3): 241-263.

  • レポート:樋上 真央(2023年入学)
  • 派遣先国:インドネシア共和国
  • 渡航期間:2024年7月7日から2024年10月7日
  • キーワード:アリサン、コミュニティ、都市化

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