京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

人間活動がモウコガゼル(Procapra gutturosa)の行動に及ぼす影響の評価

写真1 研究対象であるモウコガゼルの群れ。 高い移動能力を持つ一方で、鉄道や国境に伴うフェンスによる移動の妨害が報告されている。

対象とする問題の概要

 陸上哺乳類の長距離移動は、人間活動により世界的に減少傾向にある [Tucker et al. 2018]。移動の縮小は生態系機能の低下を招く恐れがある。モンゴルに生息する長距離移動性の草食獣モウコガゼル(以下、ガゼルとする)は、高い移動能力を持つ一方、鉄道や国境フェンスによる移動の妨害が指摘されている [Ito et al. 2013]。また同国の主要産業として、遊牧を伴う畜産業があげられるが、遊牧もガゼルの移動に影響を与えている可能性がある。というのも、国内の家畜の合計頭数は増加傾向にあり、2019年には7000万頭を超えた [National Statistics Office of Mongolia 2024]。家畜の増加に伴う過放牧は、家畜と野生動物の利用地をめぐる競合の要因となる可能性がある。しかしモンゴルの野生動物がどの程度遊牧の影響を受けているかは知見に乏しい。動物の利用地選択に人間活動が及ぼす影響の評価は、遊牧と野生動物が共存するための管理手法の策定、および草原資源の持続的な利用を達成するための一助となる。

研究目的

 本研究では、ガゼルが受ける人間活動の影響を定量的に評価することを目的とする。ガゼルにカメラおよび加速度計付きのGPS首輪を装着することで、行動データと個体の周囲の環境を記録する。カメラで撮影した動画から、個体が接近した人間活動(家畜、移動式住居・ゲルなど)と環境を確認する。しかし、カメラ映像は画角に制限があるため、衛星画像と照らし合わせることで異なるスケールで個体が接近した人間活動と環境を確認する。加速度からは、動物の姿勢や活動量を算出することで行動を推定する。個体の位置情報と人間活動との距離(家畜や移動式住居・ゲルからの距離など)を計測し、人間活動と接近した前後での行動変化を調べることで、ガゼルが受ける影響を時空間的に評価する。これにより、人間活動が自然環境に及ぼす影響を動物の目線から理解する。

写真2 放牧されたラクダ。 ほとんどの地域で野生動物と家畜が使う場所に境界は存在しない。

フィールドワークから得られた知見について

 今回の調査は、昨年9月に装着した追跡装置の回収を主な目的とした。追跡装置の装着は中部トゥブ県と南東部ドルノゴビ県で実施した。昨年装着した28台の首輪のうち、今回の調査では19台の回収に成功した。いくつかの追跡装置は現地の遊牧民によって回収されており、快く返却された。我々の調査に対する協力的な姿勢が印象的だった。
 データを確認したところ、自動脱落前に14頭が死亡していた。これは昨年から今年の冬にかけて、ゾドと呼ばれる冷害が発生したことが原因と考えられる。ゾドに伴う積雪は、草原の植物の利用や動物の移動を制限する。前回のゾドでは700万頭を超える家畜の死亡が確認された [Montsame News Agency 2024]。これは家畜だけでなく、ガゼルを含む野生動物の個体数にも影響を及ぼした可能性がある。
 首輪下部に装着したカメラにより撮影した動画からは、家畜や電線などの人間活動を確認した。これはガゼルが、人間や家畜が利用する地域に接近したことを示唆する。放牧された家畜と野生動物は長距離を移動するため、両者の遭遇の定量的な評価は困難である。しかし今回の手法が野生動物と家畜の遭遇頻度の解明に有効である可能性がある。
 位置情報からは複数の個体による鉄道の横断、中国との国境に沿って移動する様子を確認した。ガゼルが通過した地域において、鉄道の線路にはガゼルの移動を完全に妨害するようなフェンスはなかったため、線路の横断が可能であったと考える。一方、国境には有刺鉄線を伴ったフェンスがあったため、今回確認した移動経路(国境に沿って移動する様子)は先行研究で指摘された国境による移動の妨害 [Ito et al. 2013]を支持した。
 調査中に舗装道路から50から60メートルほどの距離に野生有蹄動物アジアノロバ(Equus hemionus)の10頭程度の群れを確認した。車が通行しているにも関わらず、その場に留まり植物を採食していたことから、野生動物の人間活動に対する馴れが進んでいる可能性を想起した。

反省と今後の展開

 カウンターパートとの円滑なコミュニケーションのもと、多くの首輪の回収に成功した。取得したデータはカウンターパートと共有しており、開発や草原の保全に関連する政策の制定にあたり、科学的な根拠となる可能性がある。今後も密に連絡を取り合い、学術的な調査だけでなく、地域貢献も視野に入れて交流を継続する。そのためにも、より一層のモンゴル語の習得と文化の理解に励む。
 カメラにより撮影した動画は、現状1個体の部分的なデータのみ確認済みである。引き続き他のデータを確認することで、人間活動の影響を受ける地域、タイミングの特定につながる可能性がある。さらに移動パターンや加速度から推定した行動と併せて総合的に解析することで、人間活動が動物の行動に及ぼす影響の理解につながるだろう。

参考文献

 Ito, T. Y., Lhagvasuren, B., Tsunekawa, A., Shinoda, M., Takatsuki, S., Buuveibaatar, B., & Chimeddorj, B. 2013. Fragmentation of the Habitat of Wild Ungulates by Anthropogenic Barriers in Mongolia. PLoS ONE 8(2): e56995.
 Montsame News Agency. 2024. Зудын улмаас хорогдсон 5.6 сая малын сэг зэм устгав. https://montsame.mn/mn/read/343068.
 National Statistics Office of Mongolia. 2024. NUMBER OF LIVESTOCK, by type, by region, bag, soum, aimags and the Capital. https://www.nso.mn/en/statistic/statcate/573054/table-view/DT_NSO_1001_021V1.
 Tucker, M. A., Böhning-Gaese, K., Fagan, W. F., Fryxell, J. M., Van Moorter, B., Alberts, S. C., Ali, A. H., Allen, A. M., Attias, N., Avgar, T., Bartlam-Brooks, H., Bayarbaatar, B., Belant, J. L., Bertassoni, A., Beyer, D., Bidner, L., Van Beest, F. M., Blake, S., Blaum, N., … Mueller, T. 2018. Moving in the Anthropocene: Global reductions in terrestrial mammalian movements. Science 359 (6374): 466-469.

  • レポート:多田 陸(2024年入学)
  • 派遣先国:モンゴル
  • 渡航期間:2024年9月20日から2024年11月15日
  • キーワード:モウコガゼル、移動生態学、人と動物の軋轢、長距離移動、家畜、モンゴル

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