京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ジブチ共和国における嗜好品カートの流通と販売に関する研究

写真1 カートを販売する屋台。 木製のテーブルの上に水分を含んだ麻袋を置き、ビニール袋に包んだ状態のカートを保存している。男性客は束を比較し、好みのものを購入する。 女性商人の後ろにいる男性もカートを持っている。 (2024/9/8 11:57AM ジブチ市)

対象とする問題の概要

 東アフリカおよびイエメン地域ではカート(Catha edulis)というニシキギ科の植物が嗜好品として消費されている。カートについての研究はエチオピア、イエメンといった生産地を含む地域内での利用実態を対象としたものが中心だった [Lesourd 2019; 大坪 2017]。しかし、カートは自国内での生産を一切行っていないジブチにおいても利用されている。ジブチにおいてカートによる取り引き金額はGDPの4%を占め [Banque Mondiale 2011: 38]、街中ではカート販売の露店と男性たちが道端や屋内に集まってカートを食べる光景が日常的に見られる。ジブチにおいてカートは社会の中で重要な役割を果たしており、失業者を中心とした若者や社会進出を果たした女性による消費が拡大している [Banque Mondiale 2011: 67]。ジブチ国内における流通そして国内市場での販売という側面についてはまだ多く言及されていない。

研究目的

 ジブチの日常生活のなかで使用されている嗜好品であるカートの利用実態を明らかにする。今回の渡航ではカートの流通と販売に焦点をあて、エチオピアからどのような輸入経路をたどってカートがジブチ市内に運び込まれ、消費者の手元に届くのかという一連の経路を調査する。

写真2 中央の卸売女性商人にむらがる小売商人たちと一般客たち。 カートが到着すると同時に自分の振り分け分を受け取りに来る小売業の商人に混じって、すぐにでもカートを買おうという一般客が入り乱れて商品を要求している。 (2024/10/8 10:16AM ジブチ市)

フィールドワークから得られた知見について

 ジブチにおいてカートはほぼ100%がエチオピアからの輸入によるもので、聞き取りではその多くがオロミア州東ハラゲ県に位置するアワダイという街から出荷されていることが分かった。また、輸入はジブチ国内における最大手の民間会社SOGIK社と2つの大手組合ParticuliersおよびPorte cléがそのほとんどを占め、これら3社により卸売店、小売店、消費者へと商品が流通する。カートが収穫された後の「貯蔵寿命」は3~4日と短く、早く販売、消費される必要がある。それを超えると、カートはその主活性化合物であるカチノンが別の物質に変換されてしまい、望ましい精神刺激作用が生じなくなる [Patel 2019]。いかに鮮度を保った状態で、すばやく消費者に届けるのかが重視される。そのため、ジブチ到着後に、カートは毎日早朝から卸売店および市内店舗へ自動車を使って運送され、朝11時ごろには市内各地で販売が開始されることがわかった。また、販売者は保存状態をよくすることを目的に、日よけのためのパラソルの利用や水分を含ませた麻袋による保存、ビニール袋やタオルに包んだ状態での提供といった工夫をしていた。新芽の方が高い効力があることから商品価値が高く、生長しすぎた株の束や、収穫後に時間が長く経過してしまったものは値段が低くなる。それらの質および一束あたりの量の組み合わせで50DJF~20,000DJF(1DJF=約0.86円)まで、異なる値段設定がされることが聞き取り調査の結果、判明した。
 店舗の販売位置を地図上でマッピングする調査を市内中心地(Quartier1~6地区)、市郊外(Balbala PK12地区)、高級住宅地(Héron地区)でそれぞれ実施したところ、どの地区においてもカート販売の露店は車両通行の可能な主要道路わきと商業中心地で多くみられるが、住宅地の中や省庁施設、大きなモスク付近ではほとんど販売されていないことがわかった。

反省と今後の展開

 輸入業を独占している3社が存在することは聞き取り及び文献調査からも判明したが、実際に会社の関係者にインタビューをしたり、業務を見学させてもらうことはできなかった。調査期間が終了する直前に、インフォーマントの一人が各社の重役と知り合いであるということが判明したので、話を聞かせてもらうことができないかを試みたいと考えている。また、住宅地内には雑貨店やレストランといった店はあるにもかかわらず、なぜカートの露店はないのかについての理由は明らかになっていない。参考資料として、主要道路と住宅地それぞれで交通量調査を実施したので、人の流れとの関連で分析したいと考えている。ジブチのカートはエチオピアの特定地域から流入していることが判明したので、次回調査では出荷元であるアワダイ周辺の調査を計画することで、なぜジブチに来るカートの産地が集中しているのかも明らかにしたい。

参考文献

 Banque Mondiale. 2011. Comprendre la dynamique du khat à Djibouti: Aspects sociaux, économiques et de santé.
 Lesourd, C. 2019. Puissance khat: Vie politique d’une plante stimulante. Paris: Presses Universitaires de France.
 大坪玲子.2017.『嗜好品カートとイエメン社会』法政大学出版局.
 Patel, N. B. 2019. Khat (Catha edulis Forsk)–and Now There are Three, Brain Research Bulletin 145: 92-96.

  • レポート:森 勇樹(2024年入学)
  • 派遣先国:ジブチ共和国
  • 渡航期間:2024年8月21日から2024年11月10日
  • キーワード:ジブチ、エチオピア、カート、流通、販売

関連するフィールドワーク・レポート

マダガスカル熱帯林における種子散布ネットワーク構造と散布者の絶滅による影響評価

対象とする問題の概要  熱帯林生態系において、種子散布は重要な生態学的プロセスである。現在、種子散布者となる多くの動物が絶滅の危機に瀕しており、森林更新機能への深刻な影響が懸念されている。そこで、種子散布を通した動植物間相互作用のネットワー…

福岡市における既存/新規屋台をとりまく制度と社会関係の構築

研究全体の概要  本研究では、福岡市で2017年以降に新規参入した屋台と既存の屋台[1]が自治体や顧客、異業種の事業者とどのように社会関係を構築するのかを調査する。また両者の公式/非公式な制度の受容と醸成過程に着目する。 2021年10月1…

ラオスにおける野生ランの利用と自生環境 /薬用・観賞用としての着生ランの保全を目的として

対象とする問題の概要  ラン科植物は中国では古くから糖尿病や高血圧等に効く薬用植物として珍重されているほか、ラオスやタイ、ベトナムをはじめとし、世界的に様々な品種が愛好家によって交配され、高値で取引されることもある。このような様々な需要が存…

2018年度 成果出版

2018年度のフィールドワーク・レポートを編集いたしました。『臨地 2018』PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。『創発 2018』PDF版は下記のリンクよりダウンロードできます。 書名『臨地 2018』院⽣海外臨地調査報…